All or Nothing(23)
三蔵が目を覚ますと、そこは宿のベッドの上だった。 「気が付かれましたか、玄奘様」 脇の椅子には、麗華の姿。心配そうに三蔵の顔を覗き込んでいる。 「‥‥俺、は‥‥」 言いにくそうに告げる麗華の表情は、どこか沈んでいる。 「‥‥奴は?」 ふるふると麗華は首を打ち振った。 「八戒さんと悟空さんが、探しに行かれました、けど‥‥‥」 その様子で、三蔵は悟浄が宿を出て行ったことを知った。恐らくは、もう二度と戻らないつもりなのだろう。 「玄奘様、まだ‥‥!」 ベッドから身体を起こそうとする三蔵の様子に、麗華は焦った声を出す。だが、三蔵は一刻も早く悟浄を追いかけたかった。頭の痛みは未だに消えず、漬物石でも乗せられているような不快な違和感が常に拭えない。 追わなければならない。俺は、あいつを。 ふと、三蔵は隣の女性の視線に気付く。麗華が、優しい光をその目に湛え、穏やかな表情で三蔵を見詰めていた。 「‥‥すまない」 彼女の気持ちを、知っていた。 期待を持たせたつもりはないが、はっきりとした拒絶も示した覚えがない。 「すまない」 心からの謝罪を込めて、三蔵は再び呟くと頭を垂れた。 「いいえ。謝るのは、私の方です。玄奘様‥‥いえ、三蔵様」 それは、凛とした声だった。 「私、三蔵様と悟浄さんの事、何となく気付いておりました」 でも貴方にだけは必死で見せないようにしてたの知ってました?と微笑んで、麗華は窓の外に目をやった。柔らかな光が、そこから差し込んでいる。 「私も探さなくちゃ。悟浄さんみたいに、ひたむきに‥‥‥一途に愛せる人を」 びし!と三蔵の目の前に人差し指を突きつけて、屈託のない笑顔で麗華は笑った。心では涙しているだろう彼女の、精一杯の強がり。そんなところが何となく、奴に似ているかもしれないと三蔵は思う。 「約束する」 麗華の想いを受け止めて、三蔵は目を逸らさずしっかりと頷いた。花が開いたような、麗華の笑顔。その笑顔を、三蔵もまた心から、美しいと思った。
「とりあえず、あの馬鹿を探してくる」 ベッドから降りる三蔵を送り出す麗華の声には、一片の暗さもない。それを好ましく感じた三蔵だったが、突然、弾かれたように窓の方向に目をやった。 宿の外で耳をつんざくような女の悲鳴が上がったのは、それとほぼ同時だった。
麗華に部屋から出ないよう指示して、三蔵は悲鳴の上がった場所へと向かう。そこに何が待ち受けているのか考えるまでも無い。自分の記憶を奪い去った張本人がいる筈だ。 ――――こいつが!俺の記憶を消した―――――。 「ほうほう。ようやくお出ましかの。何じゃ、案外元気そうじゃのぅ」 この騒動の元凶は、年をとってもこんな年寄りにはなりたくないと思わせる、底意地の悪い笑みで、笑った。
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ようやく妖怪ジジイ再登場です。…皆さん、忘れてた?