All or Nothing(20)
こんな筈ではなかったな、と悟浄は長い手足をベッドに投げ出すような形で、天井をぼんやり眺めていた。 今回の事で、つくづくと思い知らされた。 こんな筈ではなかった。 いつか三蔵に別れを告げられたら、と考えていた事がある。 今回だって同じ事だった。 だが、そう思う心に、身体はついてこなかった。 あの妖怪と対峙してから、つまりは三蔵の記憶を消されてしまったときから、悟浄は食物をだんだんと受け付けなくなってきていた。皆に心配をかけるので、一応口にはするが、こみ上げる嘔吐感に耐え切れず後で必ず吐き戻してしまう。 自分の意思よりも早く、生を手放そうとする肉体。 こんなにも、自分という存在の隅々にまで『三蔵』が浸透していたのだと今更ながらに実感する。ほんのしばらく摂取しないだけで、細胞の一つ一つが渇きを訴え反乱を起こすほどに。 『身体の方が正直だな』 何度も三蔵に言われた、閨での言葉。 『意地張ってんじゃねーよ』 楽しそうに笑う、三蔵の声を、顔を。思い出しても、やはり悔しさは変わらない。 それでも一つだけ、安堵したことがある。三蔵を失った自分は、もしかしたら他の妖怪と同じく自我を失うのかもしれない、という心配があったのだが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。三蔵への意地とプライドが、自分を手放さず引き止めている一因かとしれぇねな、と悟浄は薄く自嘲した。
勢いを付けて、ベッドから起き上がる。弱った身体は早速眩暈を起こし、悟浄の足元をふらつかせた。 いや、それより前に。叩きのめすべき奴がいる。 『その妖怪の言動からして、このまま三蔵を放置しておく事は無いでしょう』 『必ず、実験結果を確かめに現れるはずです。その時は』 もう少しだ、今だけ普通に見せていればいい。無理に食べる事もなく、傷を痛がる振りもしなくてもいい。 ―――――お前が俺を求めないのに、俺が涙を見せて縋る訳にはいかねぇよな。 『他の誰が何と言おうとも側にいる』 初めて三蔵に告白された時に二人で決めた覚悟。その時に、悟浄は『三蔵が自分を求めていてくれる限りは』という注釈を、胸の内でこっそり追加した。 『三蔵に自分が不要となれば笑って離れる』 そう決めた。いつか訪れるその時のために。三蔵には、決して言わないけれど。 悟浄は、部屋の壁にかかった鏡に写った自分を眺めた。紅い髪と紅い瞳の男が、笑っているのが見える。 もうどうなっても構わない。
『痛いのは生きている証拠です』 八戒の言葉が蘇る。だとしたら、俺は。
俺はとっくに、死んでいるのだろう。
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やっぱり問題は、悟浄さんの方でした。