All or Nothing(2)

「‥‥それで、そこはどこなんだ」

疲れ果てた三蔵の声に、水鏡越しの八戒は肩を竦めた。

「ここには、見覚えがあります‥‥。多分、この森の入口あたりじゃないかと。どうやら『ふりだしに戻る』引いちゃったみたいですね、僕たち。‥‥ああ、悟空は心配しなくていいんですよ」

隣にいるらしい悟空に声をかける八戒の姿が水鏡に映る。この事態に陥った事に、悟空が責任を感じる必要はないのだが―――。

 

 

ここがどうやら『すごろく』の中であると気付いてからも、進んでいるのか戻っているのかよく分からない状況ではあったが、取り合えず眼前の敵を倒すしか術は無く。

「見たことが無い風景なら、進んでいる証拠です。すごろくなら、『迷う』という選択はあり得ませんから」

という八戒の言葉を信じ、倒されるために現れる怪物をサクサクと片付けていった。
既に闘う事を放棄している三蔵と、すっかり面倒くさくなっている悟浄、そして要領のいい八戒の、三人の怠け者たちの皺寄せは、当然悟空に集まる。

「みんなも動けよぉ!」

文句を言いながらも果敢に怪物に向かう姿は、いじらしくもあったが。

 

事態が変化を見せたのは、何十体目か分からない怪物の頭を悟空の如意棒がかち割ったときだった。今までと同じく辺りの景色が変わり、先に進んだと思われた瞬間、三蔵はその異変に気付き眉を顰めた。

隣にいたはずの八戒と悟空の姿が、無い。

「二手に分かれさせられたようだな‥‥」
「ま、あいつらなら大丈夫だろー?」

何とかするっしょ。三蔵の呟きに、返ってきたのは悟浄のなんとも緊張感の無い返事。
わかってんのか、こいつは。これが刺客の仕業とも限らねぇのに―――と考えて、三蔵は思い直した。もしそうであれば、狙われるのはまず自分達の方だ。あっちの二人は特に問題ないだろう。

とにかく、先へ進むしかない。

「足手まといになるんじゃねーぞ、クソ河童」
「足にクルのはそっちだろォが。歳なんだから無理すんなよクソ坊主」

互いに悪態をつきながらも湧き続ける怪物たちを薙ぎ倒し、ようやく森の外れまで辿り着いた三蔵と悟浄は、どこからか自分たちを呼ぶ声に気付き―――そこでご丁寧にも「通信用につき水を抜くべからず」と書かれた立て札付きの水溜りを発見した、というわけだ。

 

 

 

「ちゃんと、通信手段のある場所に戻されたあたり、完全な悪意とも言い切れませんが―――かなり凝った作りですよね、ここ。誰の手によるものかは分かりませんけど、一発や二発のお仕置きじゃあ気が済まないなぁ」

あはは、と相変わらずのにこやかな顔で語る八戒が、実はかなり怒っているだろうという事が三蔵にも伝わってくる。
どうやら水溜り越しに会話できるのは一人ずつらしく、三蔵は八戒の声と姿しか認識できなかったが、八戒の隣にはちゃんと悟空も無事にいるようだ。悟空は八戒の怒りにさぞ恐ろしい思いをしているだろう。
こちらのもう一人といえば、この事態を何だと思っているのか、我関せずといった風体で木に寄りかかり、のんびりと煙草をふかしている。

「ところで、そっちはどうですか?」
「もう、森が切れる。どうやら『あがり』らしいな。それより、この森に入ってから何日たったと思ってんだ?これからお前らを待って3日もここに足止めってわけか?」
「仕方ないでしょう。まあ食料は僕たちが持ってますし、悟空とピクニックにでも来たつもりでのんびり進みますよ」

いや急げよ。三蔵が心の中で突っ込みを入れると、八戒はそれを察知したのか『冗談ですよ』と笑った。

「振り出しなんぞに二度と戻るなよ」
「ご心配なく、どこでしくじったのか覚えてますから。分かれてからのそちらの数字の選択も伺いましたし、目が選べるだけマシと思う事にしましょう‥‥‥‥あ、それより三蔵」

「何だ」

一応の互いの無事を確認したところで通信を切り上げようとした三蔵を、八戒が呼び止める。

「二人っきりだと思って、ところ構わず悟浄に妙なちょっかい出すのやめて下さいね。後で合流したとき、僕たちまで恥をかきますから」

「さっさと行け!」

三蔵は水溜りに写った八戒の顔をめがけて、勢いよく小石を投げ込んだ。

 

 

 

 

「八戒、何だって?」
「何でもねぇ」

吐き捨てるように三蔵は口にし、ちらりとその声の主の方向を伺った。
隣に立つ、紅い髪の男。時折そよぐ風に、その長い髪が揺られていて。
つい、手を伸ばしたくなる。まだ、ここは何が起こるか分からない森の中だというのに。

「ん?何だよ」

視線に気付いた悟浄が振り向く。

『二人っきりだと思って悟浄に妙なちょっかいを――』

八戒が余計なことを言わなければ、別に意識しなかった筈だ。

――――あの野郎、実は狙いやがったな。

チッ、と舌打ちすると、三蔵は腹立ち紛れに、隣の男の頭をハリセンで思い切り殴ってから歩き始めた。

「グズグズすんな」
「てめぇっ!」

後ろから煩く騒ぎ立てる声が近付いてくる。
思い切り無視していたら首ごと無理矢理振り向かされ、危うく首筋を痛めそうになり。
何しやがる、と三蔵が口にする前に贈られた、噛み付くような口付け。
咄嗟の事に固まる三蔵の耳元から、くすくすとした笑いと共に流し込まれる吐息が熱い。

「この森を抜けて落ち着いたら――――ゆっくり、な?」

すぐさま鼻を擦り合わせるように覗き込んでくる紅い瞳が、全てを見透かして三蔵を誘う。

 

八戒の戯言に乗せられるのも、悟浄の余裕の素振りも、何もかもが気に入らないけれど。
取りあえず文句を言うのは後にして、三蔵はいつまでも笑いに震える生意気な身体を、腕の中に引き寄せた。
 

 

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無駄に長いプロローグ。でも今回は端折らない事にしたのですー。

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