「で?何がどうなってるんだ?」

「いえ、どう、と言われましても‥‥見た通りなんですが」

不機嫌もあらわな三蔵の声と、どこか困惑したような八戒の声。
それもそのはず、現在彼らは直接会話しているのではない。小さな水溜りに写る互いの姿に話しかけているのだった。
 

 

 

 

 

All or Nothing
 

 

 

 

 

この奇妙な森に迷い込んでから既に3日目。ここに至るまでに三蔵たちはかなりの苦労を強いられた。

至る所に、妖術で仕掛けられたトラップがある。
あるところでは空間が捻じ曲げられ、あるところでは封印に閉じ込められ、あるところでは見えない壁に阻まれた。
そして、複数の怪物に襲われ、倒すたびにそこから抜け出せる―――という寸法だ。
怪物そのものは問題視するほどの強さではない。それどころか、はっきり言って弱すぎる。だが、その怪物は必ず六体同時に現れ、どれか最初の一体が倒されると全てが掻き消える。そして場の封印が消えると、そこはいつも封印される前とは微妙に違う場所だった。

あまりにも手応えの無い相手に拍子抜けした一行だったが、幾度と無く繰り返される同じ展開にだんだんと苛立ってくる。

「ああっ、もう!こんなのツマんねーよ、俺!もうちょっと強い奴が出てきてくれねーと、楽しくねぇじゃん!」

悟空もついついボヤキがちだ。

「新手の嫌がらせか?」
「日頃の行いが悪ィ『誰かさん』のせいじゃねぇ?」
「ほう、お前は自分のことを『誰かさん』と呼ぶのか」

疲労と退屈が全員の神経をささくれ立たせる。三蔵と悟浄を取り巻く空気が、自然と不穏なものになった。

「あの〜」

「何だ」
「何だよ」

睨みあう二人に、遠慮がちにかけられる八戒の声。二人は同時に返事をし、その事が気に入らなかったのか再び睨みあった。

「あのう、お取り込み中申し訳ないんですけど、ちょっといいですか?次のお客様が、いらしたんですけど」

確かに、いつの間にやら例の怪物がどこからとも無く出現している。

「貴様が適当に殺っとけ」
「ええ、それはいいんですけど。あの‥‥」
「だから何なんだよ。さっきから」

悟浄が苛ついた声を出す。無論、視線は以前三蔵に据えられたままだ。二人の子供っぽい 『眼の飛ばしあい』にため息をつきつつ、八戒は言葉を続けた。

「倒しちゃったら消えちゃうんで、その前に確認しておきたいんですが。数字、書いてありますよねぇ、あの怪物さんの胸のトコ」

言われて見れば、確かに胸のところに小さな数字がついているようだ。それもしっかり1から6。本当に、言われなければ気付かない、小さな数字。

「それが、何だ?」
「コレって‥‥‥サイコロ、じゃあないでしょうか?」

「‥‥‥はい?」

思わず、悟浄が聞き返す。

「いえ、ですから。僕たちサイコロ振って進んでるんじゃないんですか?」

 

「「「‥‥‥」」」

三人は、八戒の言葉に沈黙した。
それぞれ、頭の中で考えを巡らせる三人だったが、すぐにその言葉の意味するものに辿り着く。げんなりとした空気が、その場を支配した。

 

 

「えーと‥‥という事は、もしかしてこれって‥‥」

自分の方に近づいてきた怪物を殴り倒す羽目になった悟空が、またしても微妙に変わった辺りの景色をぐるりと見回しつつ、八戒におそるおそる確認する。
その『もしかして』ですよ、と八戒は何故かにこやかに笑った。

「すごろく、という事でしょうねぇ」

どこかのんびりとした口調の八戒に、他の三人はがっくりと肩を落とした。
 

 

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