All or Nothing(15)
眠りにつくために二人の来訪者を部屋から追い出したはずの三蔵だったが、全く寝つけない。先程の二人が見せた妙に悲し気な表情と、薄っぺらな笑みをその顔に張り付けた男の顔が交互に浮かんできて、眠るどころではなかった。おまけに、じっと横になっていると、自分が何者かわからない焦燥が、嫌でも押し寄せてくる。 「ちっ」 がばりと跳ね起きると、窓枠を乗り越えて外へ出た。幸いにも、最近降り続いていた雨は止んでいる。戸口から堂々と出ていこうかとも思ったが、見つかれば煩い連中もいる。多少辛いが、体を動かしていた方がまだましだ。どうしても外の空気が吸いたい気分だった。 雨上がりのひんやりとした気温が心地いい。
「誰かと思えば‥‥‥この間の色男じゃねぇか」 それは、三蔵と悟浄が宿に到着した日、麗華にからんで三蔵達に痛い目にあわされた、あの男達の片割れだった。もっとも、三蔵は覚えていないのだが。 「聞いたぜ、あんた偉い坊主だって?それが妖怪にやられて記憶を無くしたって話じゃねぇか。俺の事も忘れちまったってか?」 三蔵は眉を潜めた。勿論見覚えがあるわけではないが、どうやら好意をもたれている相手でも無さそうである。男の目配せを受けて、数人の男達が三蔵の周りを取り囲む。 「でも、俺は覚えてるんだよなぁ。悪ぃがあの時のお返しをさせて貰うぜ。今度はあの紅い髪の兄ちゃんもいやがらねぇし、坊主らしく念仏でも唱えて観念するんだな」 男が言葉を終えるか否かのうちに、殴り掛かってくる男達。三蔵は鬱陶しげに身をかわしながら、反射的に何かを探るように自分の脇辺りに手をやっていた。それが愛用の小銃を探す仕種だという事に自分では気付かないままに。 (思い出させやがって!) 先ほど男が口にした『紅い髪』が誰を指すかは明白で、三蔵の眉間に皺が寄る。 (――――ッ!) 不意に襲う猛烈な頭痛、に三蔵の足下がぐらついた。思わず、動きを止めて頭を押さえる。 「‥‥へー。アンタよく見りゃ、キレーな顔してんじゃねぇか」 男の声音に嫌なものが含まれる。 「ナンか‥‥結構色っぽいな‥‥」
冗談じゃねぇ! 三蔵は、ぎりぎりと歯を食いしばった。―――と。
のしかかっていた男の体が、突然吹き飛んだ。
「やっぱあの時、勘弁しなきゃよかったなぁ」 どこかのんびりと、間延びさえしていると思わせる声と共に、一人の男がそこに立っていた。あまりにも緊迫感の無いその様子に、三蔵を押さえ込んでいた男たちは、仲間が蹴り飛ばされたのだという事実に気付くのが遅れてしまった。 「ああ、ごめんごめん。お楽しみの邪魔しちゃってさ」 まるで、待ち合わせに遅れて女に詫びるように。 「雨もまた降り始めちまったし、お宅たちも濡れるの嫌でショ?さっさと片そーぜ」 まるで、遊びに夢中になった子供たちを諌めるように。 笑みさえ浮かべる男の口調は軽い物の筈なのに、どうして身体を動かす事ができないのか。 「‥‥で?誰から死にたい?」 ひっ、と男たちは息を飲んだ。 「わ、悪かった、勘弁してくれ‥‥!」 男たちは三蔵を押さえつけていた腕を放し、腰を抜かしたままずるずると後ずさった。 「遅ぇって」 三蔵が、ようやく自由になった体を起こし立ち上がる。男たちの視線を遮るかのように、悟浄はゆっくりと三蔵の前に出た。 「だらしねーんじゃねーの?三蔵様。こんな連中にいいよーにされちゃってさ」 恐怖にガタガタと震える男たちから目を離す事無く、あくまでも軽い口調で揶揄されて、三蔵の機嫌が悪化する。 「るせぇ‥‥今から倍返しするとこだったんだよ。邪魔すんな」 クッ、と広い肩が笑いに揺れた。紅い髪が微かに流れる様子に、何故だか目を奪われる。いや、目が離せないと言っていい。苦しいほどに、目がそれを欲している。 「変わってねーのにな‥‥」 悟浄がぽつりと、呟いた。 (また、だ‥‥) 三蔵には、自分に背を向けているこの男が、泣きそうな顔をしている筈だと思えて仕方なかった。いつかと、同じように。 あの時。俺は何と言った? 『お前は、俺の一番嫌いなタイプの男だ』 忘れていた嘔吐感と頭痛が、手に手を取って戻ってくる。 あの金の瞳のチビ猿は、悲しげな顔で何と言っていた? 『こんなの変だよ』 分からない。何もかも。ただ痛むだけだ。この頭以上に、胸の奥のどこかが。 ガンガンと頭をハンマーで殴られるような頭痛の中でさえ、目の前に広がる長く伸ばされた紅い髪から目が離せないのは何故なのか。
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これって、進んでいるのかいないのか微妙…。