All or Nothing(13)
それから数日の間、八戒と悟空は、事あるごとに三蔵の部屋にいた。 まだ体調が万全ではない三蔵は、ベッドから体を起こした体勢で、二人の相手をしている。悟浄の説明には胡散臭げな視線を寄越した三蔵だったが、八戒達の口から同じ事を説明され、納得したようだ。 悟空は、自分をひとりぼっちの場所から連れ出してくれた時からの出来事を。 なるべく三蔵に嫌な刺激にならないような言葉を選んで、聞かせていく。 『三蔵が壊れてもいいのか?』 悟浄の言葉がブレーキとなり、八戒も悟空も、三蔵の心に大きく揺さぶりをかけられないままだ。勿論、悟浄のことも含めて。 「ちょっと、休みましょうか。三蔵も疲れたでしょう。横になってて下さい。‥‥すぐ、お茶を入れますから」 立ち上がった八戒に頷いて、三蔵が体を横たえながらも一瞬掠めるように視線を窓の外にやったのを、悟空は見逃さなかった。 「悟浄なら、出かけたよ」 言わずにはいられなかった。 「んなこと聞いてねぇだろ」 「―――悟空」 戸惑いを含んだ八戒の声が、躊躇いがちに制止する。 「だって、こんなの変だよ‥‥」 悟浄が、三蔵の側に居ない。 「‥‥なあ、三蔵。悟浄のこと‥‥」 三蔵が不機嫌に遮ると、悟空の顔が泣き出しそうに歪んだ。 実はあの時も。 次第に言い訳がましい思考を巡らせている自分に気付き、三蔵は舌打ちした。またしても湧き上がる不可解なまでの苛立ちに、つい今しがた憶えた筈の罪悪感が掻き消されてしまう。 ―――何で俺がこんな事考えなきゃならねぇんだ!? 腹立たしい気持ちが口からついて出るのを押さえられない。 「ツラが見えなくてせいせいしてんだよ。妙な目で人の事見やがって‥‥虫唾が走る!」 二人が短く息を呑む音に、また、胸のどこかが痛んだ気がしたが、三蔵は無理やりそれを黙殺した。 どうやらこの二人は、あの男が自分に向ける感情を知っていて、尚且つそれを許容しているようだった。ならば自分はどうだったのだろう。気付いてなかったのか、気付いた上で無視していたのか。それとも。それとも―――。 不意にせりあがって来た嘔吐感と頭痛が、三蔵の身体をぐら付かせる。 「三蔵!?」 咄嗟に支えようとした悟空の腕を、三蔵は振り払った。 「‥‥気にいらねぇな」 痛む頭を押さえながら、三蔵はひとつ思い当たっていた。自分が、あの男に苛付く理由。 ――――あいつは、俺が記憶を無くした事を嘆いていない。 少なくとも今目の前にいる二人は、三蔵が記憶を無くした状態でいる事を望んでいない。今でこそ普通に振舞ってはいるものの、初めて会った時には――――厳密に言うと初めてではないだろうが――――狼狽し、その瞳には自分達が忘れられたという悲しみの色があった。 だが、あの男にはそれがない。少なくとも三蔵の目にはそう映っていた。 あの男にとって、自分はその程度のとるに足らない存在だったというわけだ。自分に寄越した含みのある視線も、所詮は奴の性癖で、相手が誰でもいいという類のものだったのかもしれない。自分の面倒を見る連中が到着した途端、お役御免とばかりに顔を出さなくなったのがその証拠だ。 「‥‥本当に、気に食わん野郎だ」 思わず零した呟きに対する返事は、返ってこない。部屋にいる二人は、妙に押し黙ってしまっている。その意味を考える事すら、今の三蔵には苦痛だった。 「今日はもう休む。出て行け」 もう、これ以上何も聞きたくはない。意味不明の苛つきが心の底から沸き上がって爆発しそうに膨れ上がっている。ここにいないもう一人の男の事が、追い出そうとしても頭から離れない。 冗談じゃねぇ。鬱陶しい。 ズキズキと、頭が痛んだ。
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三蔵様の考え違い。悟浄さんは出番なし…。
三浄サイトです、うちは。