たいせつなひと(2)
八戒と別れ、戻ってきた宿の部屋で、悟浄は一人唸っていた。 『父親に手紙を書こう』ではなく。 家庭事情に配慮されたはずのその課題は、大切な者を全て失った子供にとっては、却って残酷なものなのかもしれない。 「んだよ」 その微かな気配を察知して、訝しげに眉を顰めたその男は、それでもどっかりと椅子に腰掛け、煙草を取り出した。悟浄は恐る恐る、その男に呼びかけてみる。 「あ〜、三ちゃん?」 返事もせずそっぽを向いて煙草を燻らす三蔵に、悟浄は構わず言葉を続けた。 「その、八戒の奴、何か言ってなかったか?」 そこでようやく、三蔵の視線が悟浄を捕らえた。相変わらず眉は顰められたままだ。その口が疑問の形に開かれるのを制して、悟浄はひらひらと手を振った。 「あ、イイのイイの。大した事じゃねぇから」 なるべく三蔵に不信感を与えないよう、いつもの調子で軽く流す。 『あー良かった』 「‥‥八戒にな」 その名前に、ドキリとする。やっぱり、あの野郎チクりやがったのか!? 「事情は聞いた。母親への手紙、だそうだな」 思わず、肩から力が抜けた。 「おい‥‥ガキと約束したのは何時だ?」 本当は、適当にどころではなかった。必死に悩んで考えて、それでもいい加減には書きたくなくて。散々悩んだ挙句、書いたのは結局、一言。
三年前。誰にも言えなかった自分の想いを綴って、燃やした。 (確か、あの時は半ばヤケだったよな) そう考えて、悟浄は思わずクスリと笑みをこぼした。 「どうした?」 相変わらずの皮肉気な笑みをその顔に貼り付けたままで、悟浄はペラペラと言葉を紡ぐ。三蔵にバレなかったという安心感が、悟浄の口を軽くしていた。 「まあ、子供騙しではあるがな」
「生きてる奴?」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
バタン!!!
突然、扉が乱暴に開かれたかと思うと、ドタドタと人が走り出る音が響く。 『てめぇ、その手紙見せやがれ!』 けたたましい足音と共に、三蔵と悟浄の叫び声が、だんだんと遠ざかっていく。 「何‥‥今の?」 (馬鹿な人ですねぇ) 八戒はひとりごちた。せっかく黙っておいてあげたのに。あの人のことだ、自分から口を滑らせてしまったに違いない。そして見事、三蔵に見抜かれてしまった、といったところか。 (全く、どうしようもありませんねぇ) どんなに悟浄が三蔵を想っているかなんて、分かっているつもりだった。なのに、「一番大切な人」と聞いた悟浄が誰を思い浮かべたのか、どうして気付かなかったのだろう。 (僕も、まだまだですね) 三年。過ぎ去ってみればあっという間だったこの年月を、あの紅い瞳の友人はどんな気持ちで過ごしたのか。改めて、八戒は悟浄の想いの深さを認識したのだった。そして恐らくは、それは三蔵にも通じた筈だ。
「なー、八戒」 そう問いかけてくる悟空の表情も、妙に嬉しそうで。 「―――そうですね」 悟空には、話してあげよう。きっと悟浄は許してくれる。そもそも、口止めされたのは三蔵だけだ。 八戒が口を開こうとした寸前、開いた窓から喧騒が飛び込んできた。初めは遠くから聞こえてきたそれは、だんだんと近付き、ついには会話が聞き取れるほどに接近した。 『絶対見せねーぞ!!人がせっかく燃やすために書いたってのに!』 そして、二人分の喚き声が、再び遠ざかって行った。思わず、八戒と悟空は顔を見合わせる。僅かの沈黙の後、八戒がおもむろに口を開いた。 「‥‥という訳です。分かりました?」 八戒は苦笑すると、悟空に甘いカフェオレを入れてやった。
もうすぐ、子供との約束の時刻。 沈もうとする夕日だけが、未だ追いかけっこを続ける二人を見守っていた。
「たいせつなひと」完 |
墓穴掘り悟浄さん……。
いつもいつもご迷惑掛け捲っている巴さんに、かなり前にいただいていたリクです(爆)
お世話になりすぎて何のお礼だか既によく覚えていなかったりして(遠い目)
しかも、今回は巴さんちにアップしていただく前にこちらで出してしまいました……。
手紙と言っても、一言しか書いてないし。その一言も、出してないし。
ごめんねー巴さーん!許して!大好き!(ドサクサ)