お見合いに行こう!(2)
と、とりあえずもう帰ろう。こいつと一緒にいると、どうもペースが狂っちまう。 「よ、良かったじゃん。また怒られずにすんでさ‥‥‥と、じゃ、俺そろそろ帰るな。ごちそうさん」 「‥‥あのねぇ。あんたみたいな人種にはわかんないだろーけど、俺は稼がなきゃ食えないの。ここでお金持ちのお坊ちゃんの気まぐれに付き合ってる暇はないの」 それは苦し紛れに口から出た言葉ではあったが、紛れもない事実だった。 「なら、お前の時間を俺が買おう」 ―――金さえ出せば、文句ねぇだろうって?馬鹿にすんな!! 瞬時に頭に血が上った。 他人の施しを受けるのなんざ真っ平だ。どんなに苦しい時だって、それだけは頑なに拒んできた。それならまだ可愛げがない奴だと蔑まれた方がまだマシだ。 「離せよ!お坊ちゃまは帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!畜生、気分いいかよ!貧乏人に金恵んでやってよ!?」 その言葉に、三蔵は目の前の男のプライドを傷つけてしまった事に気が付いた。 まるで夕日のような深紅―――。三蔵は思わず動きを止めた。 その隙に駆け出そうとした悟浄だったが、無理な体勢がたたり足をもつれさせる。腕を掴んだままの三蔵もそれに引きずられ、倒れこんでしまった。 肩で息をしながら、しばらく無言で転がっていた二人だったが――――最初に動いたのは三蔵だった。
ゆっくりと悟浄の体を仰向けにさせる。悟浄は腕で顔を隠すようにしていたため、その表情は伺えない。 「‥‥済まな、かった」 「俺は、ただ、お前と‥‥」 「‥‥もう、イイからさ。俺のグラサン、とってよ」 その言葉には、先ほどの激昂は微塵も含まれていなかった。 「何故、隠す?」 その問いが自分の目のことを指しているのだと、悟浄はすぐには気付かなかった。ややあって、観念したようにゆっくりと瞳を開く。すぐそこに、三蔵の顔があった。心なしか、鼓動が早まるのを感じる。 あ、こいつ目の色、紫だ。キレーだな。‥‥俺のとは違って。 「俺の、気味悪ィだろ?あ、でもこれ生まれつきだからさ、大丈夫。病気じゃねぇし、うつったりしねぇからさ。ちなみに、髪も地毛なのよ。うん、ダイジョーブだから」 何を言ってるんだろう、俺は。 数年前に、原因不明の伝染病で多くの人が命を落としてから、サングラスかカラーコンタクトを付けていなければ外に出られなくなった。その伝染病にかかると、例外なく瞳が変色したのだ。黒味がかった、どんよりと濁った赤い色に。 お陰で何度も病院に強制連行され、悪くもない全身をくまなく調べられた。 それでも今までは、この目の色がバレたところで『近付くと、うつるかもよ』と笑い飛ばしてきた。そうして、ねぐらを転々としてきた。 どうってことないハズなのに。 なんだか酷く、惨めだった。
「気味悪くなんざねぇ」 「綺麗だろ。髪も、瞳も‥‥こんなに透き通ってるじゃねぇか」 目を見つめたまま、ひどく優しい手つきで三蔵が悟浄の髪を梳きはじめた。そのあまりの心地よさに、悟浄の頭に霞がかかる。 またひとつ、分からないことが増えた。 初対面の相手に髪を触らせるなど考えられない。一夜を共にした女にすら、あまり許したことはない。人肌は嫌いではないが、髪に触れられるのはどうも苦手だった。 バ‥イト‥‥
「わ――――――っ!」 不意に三蔵を押しのけて、悟浄はがばりと起き上がった。 「な、何だ?」 わたわたと立ち去ろうとするところを呼び止められて振り向けば、そこにいるのはまるで初めて部屋に入った時に見たような、超不機嫌ヅラの金髪美人。 「連絡先教えていけ」 ぽかん、と三蔵を驚いたように見て―――すぐに悟浄はクク、と肩を震わせた。 「――悟浄、っての。ヨロシク、三蔵サマ」
運命の、扉が開く瞬間だった。
「お見合いに行こう!」完 |