お見合いに行こう!(2)

と、とりあえずもう帰ろう。こいつと一緒にいると、どうもペースが狂っちまう。

「よ、良かったじゃん。また怒られずにすんでさ‥‥‥と、じゃ、俺そろそろ帰るな。ごちそうさん」
そそくさと離れようとする悟浄の腕を、三蔵が掴む。
「まだいいだろ」
 

「‥‥あのねぇ。あんたみたいな人種にはわかんないだろーけど、俺は稼がなきゃ食えないの。ここでお金持ちのお坊ちゃんの気まぐれに付き合ってる暇はないの」

それは苦し紛れに口から出た言葉ではあったが、紛れもない事実だった。
これといった定職についていない悟浄はいくつものバイトを掛け持ちして日々の暮らしをたてている。空いた時間は何でも屋まがいの真似もしているのだ。

「なら、お前の時間を俺が買おう」
「な――?」
「いくらだ?」

―――金さえ出せば、文句ねぇだろうって?馬鹿にすんな!!

瞬時に頭に血が上った。

他人の施しを受けるのなんざ真っ平だ。どんなに苦しい時だって、それだけは頑なに拒んできた。それならまだ可愛げがない奴だと蔑まれた方がまだマシだ。
怒りと、説明のつかない悲しみが悟浄を襲う。
それに耐えられなくなって、その場から無言で立ち去ろうとした。だが、がっしりと掴まれた腕が邪魔をする。

「離せよ!お坊ちゃまは帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!畜生、気分いいかよ!貧乏人に金恵んでやってよ!?」

その言葉に、三蔵は目の前の男のプライドを傷つけてしまった事に気が付いた。
腕を振り解こうともがく悟浄と、必死に離すまいとする三蔵。二人で揉みあううち、悟浄のサングラスがはずみで飛ばされ、その瞳が露になった。

まるで夕日のような深紅―――。三蔵は思わず動きを止めた。

その隙に駆け出そうとした悟浄だったが、無理な体勢がたたり足をもつれさせる。腕を掴んだままの三蔵もそれに引きずられ、倒れこんでしまった。
二人の荒い呼吸が、静かな庭園にやたら大きく響き、悟浄の心を締め付けた。
 

肩で息をしながら、しばらく無言で転がっていた二人だったが――――最初に動いたのは三蔵だった。

 

ゆっくりと悟浄の体を仰向けにさせる。悟浄は腕で顔を隠すようにしていたため、その表情は伺えない。

「‥‥済まな、かった」
搾り出すように囁かれた言葉に、ピクリ、と悟浄の体が震えた。

「俺は、ただ、お前と‥‥」
それでも返事がないのに業を煮やして、三蔵は顔を覆ったままの悟浄の腕を、そっと外させた。抵抗はない。だが、その両目は硬く閉じられたままだった。

「‥‥もう、イイからさ。俺のグラサン、とってよ」

その言葉には、先ほどの激昂は微塵も含まれていなかった。
悟浄にはなんとなく伝わっていた。先ほどの謝罪が心からのものであることが。
この男が、人に謝罪することなど滅多に無いのではあるまいか。
金持ちのボンボンで、自分勝手に振舞って―――でも、何故か引き付けられて。何か大きなものを感じて。
そう考えて、悟浄は戸惑った。
ほんの数時間前に会ったばかりの男の事を、何故自分は必死で理解しようとしているのだろう。

「何故、隠す?」

その問いが自分の目のことを指しているのだと、悟浄はすぐには気付かなかった。ややあって、観念したようにゆっくりと瞳を開く。すぐそこに、三蔵の顔があった。心なしか、鼓動が早まるのを感じる。

あ、こいつ目の色、紫だ。キレーだな。‥‥俺のとは違って。
少し、鼻の奥がツンとした。

「俺の、気味悪ィだろ?あ、でもこれ生まれつきだからさ、大丈夫。病気じゃねぇし、うつったりしねぇからさ。ちなみに、髪も地毛なのよ。うん、ダイジョーブだから」

何を言ってるんだろう、俺は。

数年前に、原因不明の伝染病で多くの人が命を落としてから、サングラスかカラーコンタクトを付けていなければ外に出られなくなった。その伝染病にかかると、例外なく瞳が変色したのだ。黒味がかった、どんよりと濁った赤い色に。

お陰で何度も病院に強制連行され、悪くもない全身をくまなく調べられた。
紅い瞳と紅い髪は、どこの病院でも医師たちの興味を引き、病気とは無関係だと判明した後も、なかなか解放しては貰えなかった。
そう、まるで、珍しい実験動物を手放すまいとするかの如く。

それでも今までは、この目の色がバレたところで『近付くと、うつるかもよ』と笑い飛ばしてきた。そうして、ねぐらを転々としてきた。

どうってことないハズなのに。
どうしてこいつにだけ、こんな言い訳をしてるんだろう。
こいつといると、分からない事だらけだ。

なんだか酷く、惨めだった。

 

「気味悪くなんざねぇ」
無意識に閉じかけた目を、つい悟浄は見開く。今のは、聞き違いだろうか。

「綺麗だろ。髪も、瞳も‥‥こんなに透き通ってるじゃねぇか」

目を見つめたまま、ひどく優しい手つきで三蔵が悟浄の髪を梳きはじめた。そのあまりの心地よさに、悟浄の頭に霞がかかる。

またひとつ、分からないことが増えた。
どうして俺、抵抗してないんだろう‥‥?

初対面の相手に髪を触らせるなど考えられない。一夜を共にした女にすら、あまり許したことはない。人肌は嫌いではないが、髪に触れられるのはどうも苦手だった。
この髪を染めたものと思っているバイト先の連中が、よく触りたがるが、全て跳ね除けている。
そう、バイトの連中には許さないのに‥‥‥。

バ‥イト‥‥
 

 

「わ――――――っ!」

不意に三蔵を押しのけて、悟浄はがばりと起き上がった。

「な、何だ?」
「ヤバい!バイトに遅れる!」
「ぁあ?」
「今何時だよ!?マジヤベぇ!!厳しい店長でさぁ、遅刻するとクビなのよ!」

わたわたと立ち去ろうとするところを呼び止められて振り向けば、そこにいるのはまるで初めて部屋に入った時に見たような、超不機嫌ヅラの金髪美人。
 

「連絡先教えていけ」
「え?あ、ああ」
「住所と、電話と、―――それから」
「それから?」
「名前だ、馬鹿」
 

ぽかん、と三蔵を驚いたように見て―――すぐに悟浄はクク、と肩を震わせた。
長い髪をかきあげ、切れ長の目を片方瞑る。
 

「――悟浄、っての。ヨロシク、三蔵サマ」

 

運命の、扉が開く瞬間だった。
 

 

「お見合いに行こう!」完

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