『なーんで、俺こんな事やってんだろ・・・』

ここはとある料亭の離れから臨む風雅な庭園。その中を悟浄はトボトボと、歩いていた。さすがに都内でも1、2を争う高級老舗料亭の庭園だけあって、趣ある造りにため息が出るところだ。

そう、こんな状況でなければ。

別の意味でため息をついた悟浄が、俯き加減の顔をわずかに上げて前方を見やれば、そこにはこの状況をつくった金色の髪の男が、振り返りもせず先を歩いていた。

『何なんだよ、一体・・・』

そうして悟浄は、本日一体何回目か見当もつかないため息を、思いきり吐き出した。

 

 

 

お見合いに行こう!

 

 

 


簡単な、仕事の筈だった。

「困ります!そちらは貸し切りで関係者の方以外は―――」
「あ、いいのいいの。俺、関係者だから」

ある意味ね。心の中で付け足し、仲居達の制止を振り切ると、悟浄はずんずんと離れへと続く廊下を進んでいく。後ろで人が騒いではいたが、気に留めてたら商売にならない。
確かに、自分には不似合いな場所だ。一見の客など許さない、高級料亭。しかも自分の格好ときたら、洗いざらしのジーンズ、年季の入ったブルゾンと、いかにも怪しいサングラス。
恐らく一生を通じて、この料亭に招かれる可能性すら皆無だろう。もっとも、招かれたいとも思わないが。

しばらく進むと、塵ひとつなく磨き上げられた廊下の突き当たりに、目的の部屋はあった。

「失礼しまーす」
返事も待たずに戸を開けると、まず目に飛び込んできたのは眩しい程の金色。

―――へえ、美形じゃん。

思わず目を奪われ、悟浄は一瞬動きを止めてしまった。だがその美人は、実に不機嫌な顔でいかにもつまらなそうに胡座をかいている。
ちら、と悟浄に目をやった時、僅かに表情が動いたように見えたが、気のせいだったのかもしれない。

―――勿体無ぇの。せっかくの美人なのに。

「何のご用ですか?」
奥に座っていた中年の男に言葉をかけられ、悟浄ははっと我にかえった。

「あ、えーっと、その、伝言サービスです。俺がこれから言う事、最後まで黙って聞いてくだサイねぇ?」

コホン、とひとつ咳払いをすると、悟浄は一気にまくし立てた。

「申し訳ありませんが、本日の見合いはご辞退させていただきます。私には心に決めた相手がおりますので、悪しからずご了承下さい。花喃。―――以上、伝言終わり」

「な、何だと!?そんな事が通用すると思って――」
「ストーップ!俺に文句言われても困るよ。俺はただ伝言を伝えに来ただけだから。もし、先方に何か言いたい事があるなら伝えてもいいけど、モチお代は頂きますv」
「な、な――」
「そんじゃま、そーゆー事で」

目を白黒させている中年男を尻目に、ひらひらと手を振りながら、悟浄は早々に退散するべく身を返した。伝言を届けたら素早くその場を離れるのが鉄則だ。
だがその時、今まで黙っていた金髪美人が口を開いた。

「ちょっと待て」

ああ。こいつ顔だけじゃなく声もイケてるわ。などと悟浄は咄嗟に浮かんだ考えに何故か赤面しそうになり、慌てて表情を取り繕う。

「ナニ?だから文句があるなら――」
「文句なんざ無ぇよ―――。おい、お前」

思わず悟浄は警戒心から身構えた。こういう場合に逆ギレして殴り掛かってくる連中は今までにもゴマンといた。目の前の男がそういうタイプだとは想像できなかったのだが。
とにかくそんな事でいちいちビビっていたら、この稼業はやっていけない。

「せっかくだ、茶でも飲んで行け」

「――――はぁ?」

我ながら間の抜けた声だと、悟浄は思った。
 

 

 

「庭にでも出るか」

心配し様子を見に来た支配人らしい男と、同席していた中年の男を鋭い眼光で退けたその金髪は、三蔵、と名乗った。自分の名も聞かれたが「男には教えませーん」と誤魔化した。
迂闊に名前を教えると、トラブルの元だ。

何だかわからないまま茶につき合わされ(しかもこの三蔵という男は、自分で誘っておきながら、悟浄に茶を入れさせたのだ)、帰るというのを引き止められて、庭にまで連れ出された。
何の目論見か、と考えてみるものの、さっぱり答えが出ない。当の三蔵は、何をするでもなく悟浄の前に立って歩くばかりだ。
悟浄は、意を決して三蔵に話しかけてみることにした。

「あのー‥‥‥。俺達、何やってるんでしょーか」
「庭を散歩してるんだが」
「そうじゃなくて!何で俺とあんたが庭を一緒に歩かなくちゃならねーんだよ!?」
「庭の散歩は見合いの王道だろうが」
「お前その知識間違ってる!――っつーか、俺は見合い相手じゃねぇだろーが!‥‥‥あ。なーるほど」

突然何かを納得したらしい悟浄の様子に、三蔵は足を止め訝しげな視線を向けている。

「もしかして、フラれてヤケになってんのあんた?一人は寂しいとか言ったりして?うんうん、そうだよなあ。見合いの前に相手に逃げられるってーのは、やっぱショックだよなぁ」
「別にショックなんざ受けてねぇよ」
「隠すな隠すな。まあ、人生いろいろあらーな」

ぽんぽん、と慰めるつもりで肩を叩けば、すげなく振り払われた。
「違うっつってるだろーが!大体、相手が来ない事なんざ先刻承知なんだよ」
「へ?何で?」
「そういう相手を選んだからな。恋仲の相手がいて、こちらの財力をアテにしない才覚がある―――お前をここに寄越したのは、女じゃなくて、相手の男の方だろう?確か、八戒とか言ったな」
「何でそんな事分かるんだよ?」
「言っただろう、そういう相手を選んだんだ」
「‥‥恐ぇな、お前ら」

確かに、自分にこの仕事を依頼してきたのはその男だ。個人的にも親しい付き合いのある緑の瞳の男は、自分にこう言ったのだ。

―――大丈夫、相手の人は怒ったりしませんよ、と。

つまりは、この二人はお互いの腹を探りあいながら的確な判断を下した訳だ。
ん?待てよ?

「じゃあさ、なんで見合いなんかしたワケ?」

そもそも最初から会うつもりもない見合いを、何でする必要があるんだ?大体、こいつなら見合いなどせずとも、女には不自由しないだろうに。

「‥‥‥趣味なんだよ」
「へ?見合いが?‥‥いてっ!」

バシ!といきなり頭をはたかれ、悟浄は頭を抱えた。

「俺のじゃねぇ!!俺への嫌がらせが趣味の奴がいるんだよ!この間、ウザってぇ会議をすっぽかしたら、仕置きだとか抜かして見合いをセッティングしてきやがった。あのクソババア‥‥」
「へぇ〜。金持ちってのも結構大変なんだ〜」
「とりあえず候補の中からさっきの条件で選んだが‥‥。もし見つからなかったら、またすっぽかすつもりだった」

なーんだ。自分から見合いしたかった訳じゃねぇんだ。そーかそーか。あー良かっ‥‥。

‥‥‥‥。

ちょっと待て!何が良かったんだ?大丈夫か自分!?
思いもかけない自分の思考に、悟浄は動揺しまくった。
 

 

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