お見合いに行こう!(Vol.2)
電話だ。 悟浄は、安アパートの自室で重い瞼を持ち上げた。この着信音は、あの男。 何が楽しいのか、それから数日おきに連絡を寄越す。 「遅い」 こちらが口を開くより早く、聞こえてきたのは、想像に違わず不機嫌な声。 「今から出られるか?メシ食うぞ」 初めて発した声は、気をつけたつもりだったがやはり僅かに掠れた。 「―――寝てたのか?」 「疲れてるなら、また次に‥‥」 全ての神経を発声に集中して。
「だーかーら!お前ってどうしてそう自己中なんだよ?」 ここは往来のど真ん中。 「もう、お前なんか知らねぇ!」 紅い髪の男はそう言い放つと、人ごみの中に消えていった。 ―――また、やっちまったな。 その後姿を引き止めもせず見送って、金の髪の男――三蔵は、ひとつ息をつくと悟浄の消えた方角とは反対方向に歩き出した。 あいつと会うと、いつもこうだ。 最終的には、ケンカ別れ。口論になれば、お互い一歩も引かない。原因は、どれも覚えていないほど些細なことだ。今日だって、食事して街中を歩いていた途中までは、何でもなかったのだ。どちらが右を歩くとか左だとか、そんなことから始まった気がする。 不思議なのは、どんなに激しく罵り合って別れても、また数日経つと何事も無かったかのように会っている事。 三蔵には、わからなかった。 自分があの男に対して、今まで誰に対しても持ち得なかった感情を抱いてしまった事は、既に疑いようが無い。 気のせいかもしれないと。 思うそばから紅い髪と瞳がちらちらと浮かんできて、どうしようもなく会いたくなってしまう。 初めての感情。奴の声を聞きたい。会いたい。 下らない事で喧嘩する事すら三蔵には新鮮な体験で、楽しいとまで思う自分に少々呆れた。 ―――悟浄は、どういうつもりで自分に会っているのだろう。 それが三蔵には、どうしてもわからなかった。 連絡は、いつも自分から。悟浄から電話を寄越したことは一度も無い。 だが誘えば必ずやってきた。バイトの都合で、と言われた事はあったが、その場で必ず空いた時間を指定してきて、次に会う段取りを取り付ける。 だが、それなら何故自分からは連絡を寄越さないのか。本当は、迷惑なのだろうか? 確かに、会ったからといって別に用事や話があるわけでもない。おまけに三蔵は話すのは得手ではないから、大体は悟浄が喋っている。当然、話が盛り上がるなどという事も無く。 なら、何故断らない‥‥‥? 三蔵の思考は、いつもここで堂々巡りに陥るのだった。
そして、今日も三蔵は悟浄を呼び出し、悟浄はちゃんとやってきた。 いつも通り、前に喧嘩した事など忘れたかのように、他愛のない話をする。 (寝てるんじゃねぇよ!) やはり自分といるのは退屈なのかと、三蔵は内心穏やかではない。 「おい―――」 肩を掴もうとして、手を止めた。心なしか、悟浄の顔色が悪い。そう言えば、出会った頃より少し痩せた気もする。バイトを掛け持ちしていると言っていたが、相当キツいのだろうか。 三蔵は、そこでふと疑問を感じた。
悟浄の家には、一度だけ行った事がある。 「座布団も無いけど、勘弁な」
あの暮らしぶり。必要最低限のものしか、いや、それすらも持たない生活。 今は閉じられた瞼に隠された、紅い瞳。 もっとも、悟浄は普段、黒のコンタクトを入れているので、起きていてもそれを見る事は叶わない。三蔵がそれを見たのは、初めて出会った時の一度っきりだ。 だが、例えそのせいで、住まいと職を転々としていると言っても。 何に、使ってる? 悟浄の事を何も知らない自分。三蔵は急に世界に一人取り残されたような孤独感を覚え、焦った。 無意識に、灰が落ちそうになっている悟浄の煙草を唇から抜き取る。 そして気が付けば。
自分の唇を、重ねていた。
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