LAST LOVE(後編)

翌朝、宿の親子に見送られ、三蔵たちは西へと旅立った。
絽香は小さな手を必死に振っていたが、昨日のように悟浄に纏わりついて駄々をこねる、という様子は見られなかった。

「や〜い、振られてやんの」
「っせーな。俺の魅力は大人の女にしか分かんねーんだよ」

悟空のからかいに相応の返事を返しながらも、何故か悟浄は満足気な様子だった。

 

『せめて明日、この子が目を覚ます時には、あんたらが側に居てやれ』

それは出発前に宿の夫婦から聞いた、夕べの三蔵の科白。
絽香を運んだ三蔵は、それだけを口にして去ったのだという。

「この家業ですので、私たちはいつも朝早くから起き出して‥‥。いつもこの子は、目が覚めたとき、一人ぼっちだったんです。聞き分けがいいのに甘えて、我慢ばかりさせてしまいました。これからは、出来る限り一緒にいてやろうと思います」

そう言って、主人は絽香を抱きしめた。
父親の腕の中で、絽香は笑っていた。
邪気の無い、安心しきった子供の笑顔だった。
 

幼い少女を、三蔵は救ったのだ。
 

 

 

悟浄は、黙ったままの助手席の男に思いを馳せる。
口が悪くて、態度がデカくて。酒も飲めば煙草も吸う。他人の事には関心が無くて、限りなく自己中で。ハリセンで殴りまくるわ、銃はぶっ放すわ、とんでもない唯我独尊鬼畜生臭坊主だけど。
 

今では、それだけではない、という事は分かっているから。
 

 

 

『俺も、お前が最初で最後だ』
 

 

言葉なんて、何の意味も無いけれど。

こいつの言葉なら真実かもしれないと思えるのは、俺の願望か?
あ。もしかして、俺の願望が見せた、夢だったりして。
 

―――だとしたら。
 

 

「‥‥イイ夢だったよな」

心の中で呟いたはずのそれは、うっかり口から漏れていたらしい。
 

 

「八戒、ジープ止めろ」
「どうしました?三蔵?」
「止めろ」

急停車したジープの上では、何事かと三人の視線が三蔵に集まる。すると三蔵は、何を思ったのかジープを降りると、悟浄の腕を掴み、後部座席から引き摺り下ろした。

「な、ナンだよっ?」
「ちょっと、この馬鹿と話がある。お前ら、適当に休んどけ」

「りょーかい」
「ああ、ここら辺は景色がいいですからねぇ。どうぞごゆっくり」
「お前ら!何で納得してるんだよ?」

離せ戻せと喚きながら、ズルズルと三蔵に引き摺られていく悟浄の姿を、八戒と悟空はにこやかに手を振りながら見送った。

「バッカでやんの、悟浄」
「夢にされたら、三蔵も堪らないでしょうねぇ」

昨日の今日だ。大体何があったのか、想像はつく。
三蔵だって、それなりの思いを込めて「その言葉」を口にしたはずだ。悟浄が少女に嘘を吐けなかった時と、同様に。
 

「賭けますか?このまま出発が遅れてさっきの街に戻る羽目になる、に千円」
「んじゃ、悟浄の体力的に野宿は辛いとかで引き返すってのに、千円」
「‥‥‥今回は、賭けになりませんね」
「結果、見えまくりだもん。でもさ、さっきの街に引き返すにしても、同じ宿には泊りたくない、俺」
「それは僕も勘弁して欲しいなあ。説明するのヤですよ、戻ってきた理由‥‥‥あ、始まりましたね」

遠くで、微かに銃声が響いたのが聞こえた。

「なるべくあそこからは離れた宿にしよーな。んで、飯の美味いトコv」
「ご飯が美味しいかどうかは、外見からじゃ判断できないんですけど」
「んじゃあさ、昨日泊った宿の人に聞いてみればいいじゃんか!『ここと同じか、ここ以上に飯の美味い宿、紹介して下さい』って!」
「‥‥‥‥それじゃ意味がありませんよ、悟空‥‥‥」

さわさわと、心地よい風が周りの木々を揺らす。

今頃、三蔵の説教を体に受けている悟浄に僅かばかり同情しながらも、八戒と悟空はのんびりと時を過ごした。
 

 

「LAST LOVE」完

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