こんな夢なら悪くない
「で?何やってるわけ?お前」 三蔵がいつものように法衣を身にまとい、出発の準備をしている。ドアにもたれかかった悟浄は腕を組み、そんな三蔵の姿を眺めていた。 「何もクソもあるか。とっとと出発するぞ」 そう、三蔵は昨日から体調を崩し、高熱を出していた。この街の医者によると、旅の疲れが一気に出たとの事。最低三日は絶対安静と宣告されたのだ。 「こんなところでグズグズしてられるか!西へ行くんだよ!」 一歩踏み出した三蔵は、急激な眩暈に襲われ、僅かによろめき、テーブルに手をついた。 「ホレ見ろ、そんなザマで出かけたところで、途中でくたばるか、妖怪たちにやられちまうか、どちらにしてもお前地獄行きだぜ?」 尚も言い募る三蔵に思わず悟浄の声も大きくなる。
「じゃあテメェらは残れ!俺一人で十分だ!」
悟浄の堪忍袋の緒が切れた。ずかずかと近付くと、ベッドサイドにある水差しを取り、水を口に含む。そして乱暴に三蔵の腕を掴み上げると、無理やりベッドに引き倒した。 「何しやがる、退け‥‥!」 「な、に‥‥飲ませやがった‥?」 それでも押さえつけられた体を、必死で動かそうとしていた三蔵だったが、しばらくするとその動きも緩慢になり、ついには穏やかな寝息が聞こえてきた。 「はあ‥‥、まったくよぉ」 ベッドに腰掛け、三蔵の乱れた髪を直してやりながら、悟浄は深いため息をついた。
この街に入る数日前に、三蔵はある山を越える途中で、ジープを止めさせた。まだ、日も高かったのだが、三蔵の意向により一行はその場所で一夜を過ごすことになった。 『もう疲れちゃったの?三蔵様、もうお年ね』 いつもと違う三蔵の行動に、僅かばかり生まれた不安を隠すように発せられた悟浄の言葉にも、三蔵は『フン』と短く答えただけだった。 それからだ、三蔵の様子がおかしくなったのは。 普段なら、日が暮れてからの森抜けなど絶対にやらないはずが、誰が止めるにも耳を貸さず強引に進ませた。八戒が、ジープの負担も考えてくれと懇願するまで、走らせた。 いつもの三蔵とは明らかに違う。 そして遂に、無理がたたったのか三蔵は倒れ、発熱した。 『もっと、自分を大切にすりゃいいのによ』 だが今回は、その時とは比べ物にならないほど、三蔵は荒れていた。
悟浄が三蔵を無理やり寝かしつけてしばらくした頃、遠慮がちなノックの音が響いた。顔を覗かせたのは悟空と八戒。 「どうです?三蔵の様子」 眠っている三蔵の顔を心配げに覗き込む悟空の頭を、悟浄はぽんぽんと叩いた。 「心配すんなって。目が覚めたら、いつもの三蔵様に戻ってるさ」 それは、もしかしたら自分の願望だったのかもしれないが。悟浄は泣きそうな顔の悟空に、にっと笑ってやった。
悟浄には、三蔵の変調の原因が薄々分っていた。 お師匠様、と。 何度も、何度も、繰り返される一人の名前。 悟浄は結局一睡もせずに、魘される三蔵の額に浮かぶ汗を拭いてやっていた。それしか、出来なかったから。 ―――三蔵は、焦っている。 恐らくは今までも、遅々とした旅への焦燥感が三蔵の胸の内にはあったのだろう。それが一気に噴出したのだ。 早く、はやく。 黙ったまま全身で叫ぶ三蔵の姿が痛い。出来る事なら少しでも早く、取り戻させてやりたい。
「今のうちに、貴方も眠ったらどうですか」 八戒と悟空は、思わず顔を見合わせた。いつもと変わらぬ口調だが、発せられるのは明らかな拒絶。 「悪ぃけど――今回は、好きにさせてくれや。な?」 二人の問い掛けるような視線に、悟浄は困ったような笑みをこぼした。
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