トクベツ(2)

「悟空、もう休みましょう?」

三蔵の部屋から追い出された悟空は、ベッドの上でうずくまっていた。さっきから真剣な表情で何かを考え込んでいる。余程、三蔵に冷たい態度を取られたのが堪えたのだろう。見かねた八戒は、声をかけて彼の気を紛らわせようとした。だが、悟空はその姿勢のまま、動かない。

「何かさぁ、何か‥‥ズルいよな」
視線すら動かさず、悟空はぽつぽつと呟いた。
「三蔵にとって、悟浄は『特別』で‥‥それが嫌ってわけじゃないけど、何か、ズルい」

悟浄と気持ちを通わせてから、三蔵を取り巻く空気が、そこはかとなく柔らかいものになったと感じる時があった。それは悟空にとっても嬉しいことで。しかし、同時に少し寂しい気持ちもあったのも事実。
今日みたいに、三蔵と悟浄の間に入れないことを思い知らされると、やはり悲しい。

「‥‥悟空、今日どうして貴方が助かったのか知ってますか?」
「え?そりゃ皆が、妖怪を倒してくれて‥」
「結果的にはそうですけど。僕と悟浄には、貴方が何処にいるのかすら分からなかった。貴方を見つけたのは、三蔵です。あの人が貴方の声を聞いたから、貴方を飲み込んだ妖怪の位置も分かったんですよ」
微妙な悟空の心情を読み取ったのか、八戒は優しく、噛んで含めるような言い方をした。

確かに、妖怪の体内に閉じ込められた時、自分は三蔵を呼んだ。けど、それがどうしたというのだろう、八戒は。
八戒の意図が分からず、悟空は何となく落ち着かない気分になった。

「悟空にとって三蔵が『特別』であるように、三蔵にとっても悟空は『特別』だってことですよ。それに、あえて言わせて貰えば」

今まで優しい笑顔を浮かべていた八戒の表情が、少し引き締まる。
彼がこういう顔をする時の発言は聞き逃すべきではない、という事を悟空は今までの付き合いで理解していた。

「三蔵を呼ぶ貴方と、離れていても貴方の呼び声を聞き取れる三蔵‥‥お互いに一番近い存在である、といつも見せ付けられている悟浄が、何も感じていないと思いますか?」

「あ‥‥」

ようやく分かった。八戒が自分に気付かせたかった事。
自分にとってはそれは至極当たり前のことで。それをどんな気持ちで悟浄が見ているかなんて、考えたこともなかった。なのに、さっきも笑顔で三蔵の側を譲ろうとしてくれた。悟浄だって、三蔵と一緒にいたかったはずなのに。
「どうしよう、八戒、俺、悟浄に‥‥」
「誤解しないで下さいね。別に悟空を責めるつもりで言ったんじゃないんです。ただ、隣の芝生は青い、って言うでしょ?悟浄を羨ましがる必要は、悟空には無いんじゃないかと思っただけです。二人とも同じものを三蔵に求めてるわけじゃないんだから、お互いがお互いに嫉妬したところで仕方ないでしょう?」

言葉どおり、八戒の緑の瞳には悟空を責める色は無い。そのことに少し安心しながらも、悟空の気持ちは晴れなかった。
「けど、怒ってないかな、悟浄‥‥俺、自分の事ばっかで‥」
「悟浄が三蔵と出会った時には、既に貴方と三蔵は共に居た。貴方を大切にしている三蔵を、悟浄は好きになったんだから、悟空は今までどおりにしてればいいんですよ。悟空がそんなこと気にしてたら、かえって悲しみますよ、あの人は」

それにね、と八戒は続けた。

「大丈夫ですよ、悟浄は。今頃三蔵にたーっぷり埋め合わせして貰ってるでしょうし。かえって悟空に感謝してると思いますよ?」
「そ、そうかな?」
「ええ、まず間違いありませんね」

(ただし、三蔵が、ですけどね)
心の中で付け加えて、八戒は悟空の様子を伺った。幾分気分が軽くなったのか、先程より悟空の表情が和らいでいる。ダメ押しに、ちょっとふざけてみた。
「大体、一番可哀想なのは僕ですよ?三蔵の『特別』じゃないの、僕だけですもん」

八戒と悟空は、顔を見合わせて、笑った。
 

 

それから二人は、時間の経つのも忘れて話し込んだ。悟空もさっきまでの落ち込んだ気分は何処かに行ってしまったらしく、すっかりいつものペースを取り戻している。

「でもさあ、確かに八戒は三蔵の『特別』じゃないかもしんないけど、悟浄の『特別』じゃんか。八戒と悟浄が一緒にいるとさ、三蔵、時々スゲー目で睨んでるもん。あれ、わざとだろ?」
「拗ねてるんですよ、僕。あんまり三蔵に構ってもらえなくて寂しいから」

心にも無いことを言ってみる。本当は、文句を言いたいのに言えない三蔵の態度が面白くて、ついついからかってしまうだけなのだ。必要以上に悟浄に近づいてみた時などの三蔵の動揺ぶりは、普段が冷静なだけにかなり笑える。
もっとも、自分に何も言えない分、後で悟浄はかなり泣かされていることだろうが。
 

 

「分かった!じゃ、俺が八戒の『特別』になったげるよ!」
「え?」
「だから!八戒も俺の『特別』になって。そしたら、万事解決じゃん?えーと、三蔵の『特別』は俺と悟浄で―――、悟浄の『特別』は三蔵と八戒で――、八戒は悟浄と俺が『特別』で――、俺は八戒と三蔵が『特別』っと。よし!みんな平等に二人ずつでOKな!」

「あ‥あの、悟空?」

「それとも‥‥八戒は俺の『特別』じゃ嫌?俺を『特別』って思うの、嫌?」

うるうると大きな目で見つめられて、八戒は言葉が継げなくなった。
(まぁ、深い意味はないんでしょうけどね‥‥)

「わかりました。じゃ、僕達はお互い『特別』という事で、いいですね?‥‥ああ、もうこんな時間ですよ。早く休みましょう」
「うん、これからよろしく頼むな!八戒、お休み!」
「お休みなさい、悟空。こちらこそ、よろしくお願いします」
 

 

 

そしてベッドに入った二人だったが、お互いそのまま寝付けないでいた。

八戒は、悩んでいた。

(ああ、どうしましょうかねぇ‥‥。あんなに無邪気に言われたら、まさか"もうとっくに貴方は僕の『特別』ですよ"なんて、言えるわけ無いじゃないですか。どうすれば悟空の『特別』を僕と同じ『特別』にできるんでしょうかねぇ。子供って、残酷なこと平気で言うんですから、まったく。ここは思い切って実力行使に‥‥いやいや、三蔵にでも泣き付かれたら殺されかねないし。勿論、返り討ちにしますけどね。あ、でもそれじゃあ、悟浄が可哀想ですかねぇ‥‥)

一方悟空もまた、考え込んでいた。

(よっしゃ!まずは第一歩前進したぞ。最初はこんなもんだろーな。‥‥しっかし、八戒も大概鈍いよな。俺が八戒のこと『特別』だって思ってんのに、全然気付いてくれないしさ。あれだな、あんまり人のことに気の回る奴って、案外自分のことには無頓着なんだよな。あーあ、今日の反応じゃ、完全に俺のことはアウトオブ眼中かぁ。ま、今んとこはしゃーねーか。そのうちぜってーこっち向かせてやるって。悟浄なんかより俺の方がなんたって若い!今に見てろよぉ!)
 

  

――――互いに勘違いしまくりの二人の夜は、
                静かに更けていったのだった――――

「トクベツ」完

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