「んで?これからどーするよ」
「とにかく悟空を探さなくては‥‥」
「‥‥此処にいる」
「あ?」
「悟空は此処にいる‥‥呼んでやがる」
トクベツ
「なぁなぁ大丈夫かよぉ、三蔵ぉ〜」
「耳元で騒ぐな、頭がガンガンする」
この街に入る少し前、三蔵一行はこの地に住み着いていた妖怪と闘い、かなりの苦戦を強いられた。
そして、ようやく勝利を収め宿に到着した途端、三蔵は倒れてしまったのだ。
「大丈夫ですよ。妖怪の体液を浴びてしまいましたから‥‥毒気にあてられたんでしょう。しばらく休めば、良くなりますよ。あ、煙草は止めておきましょうね?三蔵」
頭が痛いといいながら、煙草に手を伸ばそうとする三蔵に八戒は素早く釘をさした。チッ、と三蔵が舌打ちする。
「三蔵も、一応かよわい人間だったんだなぁ」
「どういう意味だ」
しみじみと語る悟浄に三蔵の眉間のしわが深くなる。煙草も吸えない三蔵は、現在不機嫌MAX状態だ。
「じゃ、悟浄、後はお願いしますね。三蔵が煙草吸わないように見張っててくださいよ」
「へーい」
八戒が自分達の部屋に戻ろうと、悟空に声をかけようとした時。
「あのさぁ、俺が三蔵に付き添ったら駄目?」
意を決したように伺う悟空に、全員の視線が集まった。
「だって、俺の所為で三蔵こんなことになっちゃって‥‥、だから、今日は俺が三蔵の面倒見たい」
そもそも三蔵が妖怪の体液を浴びる羽目になったのは、今日の妖怪との戦いで、悟空が敵妖怪の体内に取り込まれ、妖怪ごと姿を消してしまったことから始まった。結局は妖怪を見つけ出し、タコ殴りにして悟空を吐き出させたのだが―――その時に妖怪が吐き出した大量の体液がもろに三蔵にふりかかってしまったのだ。
「誰がお前に面倒見られるって?ふざけんなこの猿」
「まあま、いいじゃない。父親を思う健気な子供心でないの。俺も助かった〜、三蔵に付き合って煙草我慢しなきゃならない所だったぜ。んじゃ、後頼むな、悟空」
「おう!」
ぽん、と悟空の頭に手を乗せて、悟浄は笑いながら部屋を出て行こうとした。
「何処へ行く?悟浄」
「へ?何処って‥もう一つの部屋に決まってんじゃん」
「許さん、お前は此処にいろ。‥‥悟空」
何者にも拒否を許さない、絶対者の命令が下された。
「お前が、出て行け」
「何であんなこと言ったんだよ!せっかく悟空が‥‥!」
八戒と悟空が部屋を出て行った後、悟浄は三蔵に食って掛かっていた。口では何だかんだと言っているが、三蔵が悟空を『特別』に思っているのは分かりきっている。先程の三蔵の言動が、悟浄には理解できなかった。
「お前はこの部屋にいたくねぇのか?俺と一緒じゃ嫌だったか?」
「誰もンなこと言ってねーだろ!今は悟空の話をしてんだよ!」
「質問に答えろ、悟浄」
ベッドに横たわったまま見上げてくる三蔵の、思わぬ真剣な表情に気圧される。思わず、悟浄は視線を逸らした。迫力に押され、隠していたはずの本音が零れ落ちる。
「‥‥俺は、お前と居たい、けど、よ」
悟浄の脳裏に悟空の姿がよぎる。八戒に促され、しょんぼりと部屋を出て行った後姿。
何だか、いたたまれない。
「馬鹿が、来い」
差し出された手をとれば、思い切り引き寄せられてベッドに倒れこんだ。三蔵の胸に、抱え込まれる。
「猿に妙な遠慮、するんじゃねぇよ」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、三蔵が優しい手つきで悟浄の髪を梳く。悟浄は目を閉じて体重を三蔵に預けた。
「お前こそ、俺のために悟空を遠ざけるような真似、止せよな。‥‥お前らの間に割って入りたいわけじゃねぇよ、俺」
目を閉じたまま、呟く。
嫉妬、しているわけではないのだ。ただ、二人の絆があんまり強く思えて。出来るだけ、邪魔にならないようにしたいと思ってしまう。
三蔵は小さなため息をひとつ、ついた。
「‥‥お前と悟空は、違う。さっきお前も言っていただろう‥‥親子みたいだと。別に近くも無いが、遠くも無い例えだな」
「何なんだよ、それ」
思わず、笑ってしまう。触れられる部分から、三蔵がじわじわと浸透してくる。決して嫌ではない、その感覚。
「いつもは図々しいくせに、こういう時だけいらん気を遣うな。お前だって、俺の‥‥チッ、言わなきゃ判らんのか、ボケ」
「‥‥さんぞー」
きっと今三蔵は、すごい仏頂面をしているに違いない。それでも髪を梳く手を止めない三蔵が嬉しくて、悟浄はつい思ったままを口にしてしまった。
「やっぱ俺、お前にすげー惚れてるわ」
ぴた、と三蔵の手が止まる。
(そういえば、ちゃんと言ったこと、無かったっけか、俺‥‥って、おい?)
「ちょ、ちょっと三蔵。何やってんの?」
先程までは髪に触れる手の心地よさに、夢見心地の悟浄だったが‥‥‥その手がいきなり下がって、体の方を弄りだした時にはさすがに焦った声を出した。
「分からんか?」
三蔵の手は止まる気配は無い。それどころか、ますます微妙に動いていく。
「こら、駄目だって!お前具合悪いんだろ。八戒にも言われてんだから、俺」
「八戒に止められたのは、煙草だけだろ」
またコイツはそんな屁理屈を‥‥。頭を抱える悟浄に三蔵の容赦ない言葉が飛ぶ。
「俺に負担をかけたくなかったら、自分で動け。さっさと脱ぎやがれ」
(俺って、どーしてこんな奴に惚れちゃったんだろ‥‥)
ちら、横たわる男の顔に目をやると、真っ直ぐに自分を見つめている瞳とぶつかった。
その目には、優しい光がある。悟空に向けられるものとは違う、自分だけの光。
誘われるように、悟浄は自ら自分の着衣に手をかけた。
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