たとえ明日がこなくとも(2)
相変わらず三蔵と悟浄は口を利かないまま、いつになく重い空気の夕食を済ませ、各々が部屋に戻った。 「よーす」 現れたのは、紅い髪の男。喧嘩中にも関わらず、妙に声の調子が明るい。 悟浄は三蔵の返事も聞かずにずかすかと部屋に入り込み、挙句には三蔵を押しのけてベッドに上がりこんで来た。 「誰が入っていいと言った。‥‥‥しかも勝手に乗ってんじゃねェよ、狭い」 冗談めかした台詞に、顔には出さずに驚く。 『結ばれるはずのない縁』 三蔵の最高僧という立場を。悟浄が禁忌の子供であるという事実を。 もしも明日、自分が死んだら、悟浄は後悔するのだろうか。 どうせ失くすなら、求めるのではなかった、と。 一生を悔やんで過ごすのか、それともあっさりと忘れてしまうのか。 それを聞いたところで、どうなるわけでもないと思いつつ、どうにも割り切ることが出来ない自分が情けなく思う。 三蔵の心を知ってか知らずか、悟浄はニヤリと人の悪い笑みを向けてきた。 「もしもって、考えてたろ?」 三蔵は悟浄の問いには答えなかったが、否定しなかったことが肯定を伝えた。悟浄もまた、あの老婦人の過去の話を耳にしたのだろうとは、既に予想がついていた。 「えー、だって喧嘩したまま誰かさんに死なれたりしちゃ後味悪いし」 三蔵はいかにも興味なさげに呟いた。
「‥‥‥‥狭い」 貪るように熱を分け合った行為の後、ベッドに重なるようにして二人は沈んだ。 「オマエね‥‥ヤるだけやってそーゆーコト言うのサイッテー」 言葉の割には気分を害した様子も見せず、悟浄は運動の後の一服を求めて、放り出された上着を取るためにベッドから降りようと身体を起こす。が、叶わなかった。三蔵が浮いた悟浄の腰を抱きかかえるように引き寄せたのだ。 「おーい?」 くすくすと笑う悟浄は、しかし三蔵の腕を振り払おうとはしなかった。それどころか、猫のような仕草で額を擦り付けてくる。どうやらこのまま、ここで寝てしまう気になったらしい。 「あーあ。別々の部屋取った意味ねぇじゃん」 居心地のいい場所を求めてもそもそと動く悟浄の髪を、三蔵の指が弄ぶ。さらさらと零れる手触りが気に入って、二人きりの時は、三蔵はよく悟浄の髪に触れていた。 大人しくなった悟浄が、しばらくすると規則正しい寝息を立てはじめた。つられて、三蔵の意識も徐々に沈んでいく。以前なら、こんな近くに他人の体温を感じて、眠る事など考えられなかった。それが今では、この温もりが側にあれば、どんな山の中でも平気で熟睡できてしまう。自分が相当に沸いていると三蔵は自覚しているが、決して不快に思うわけではなかった。
三蔵が完全に眠りに落ちる直前、鼓膜が微かな音を拾った。 「もしも、ねぇ‥‥」 それはうっかり漏れてしまったという感じの、小さな呟きだった。 「‥‥何だ?」 やはり三蔵は先に眠ってしまったと思っていたのだろう。予想外の返事に悟浄の身体がぎくりと強張ったのが三蔵の腕に伝わった。 「なにお前、起きてたの?」 悟浄の問いを無視して、三蔵は抱き寄せる腕に力を込めた。 「いや‥‥ちょっと思い出したのよ、最初に出会ったときンこと」 悟浄が僅かに身じろぐ度に、長い髪が三蔵の肌をくすぐった。 「ホンット最悪だったよなー、いきなり誰かさんは銃なんかぶっ放すし」 ったくてめぇは、とブツブツ文句を言う悟浄の髪を軽く引っ張り話の続きを促すと、んー、と曖昧な相槌が返ってきた。だが、その先の言葉がなかなか出てこない。 「おい?」 今度は言葉で促すと、悟浄は三蔵の胸元からずり上がるように動いて三蔵の顔を覗きこんできた。元々、三蔵より体格のいい悟浄に上から見下ろされる体勢は、三蔵にすればあまり気分のいいものではなかったが、黙って悟浄の好きにさせる。 「今からちょっと馬鹿なコト言うけど‥‥‥ヒくなよ?」 珍しく反論もせず悟浄は笑ったが、すぐに、ふっと笑みを消した。いつになく真摯で柔らかな眼差しが、三蔵を見下ろしていた。 「‥‥もしあん時に俺―――。例えば‥‥‥、そう、例えばだけどよ?お前が明日死ぬって知ってても、お前に惚れたなぁと思って」 悟浄の言葉に、三蔵は息を呑んだ。 「だってよ、今お前が目の前にいるのに、明日がどうだから惚れるのやめとこうとか出来るわけねぇっしょ。止められんなら、惚れてねぇよ」 自分で言っておきながら流石に照れくさいのか、悟浄はふいと合わせていた視線を逸らした。その頬が僅かに赤らんでいるのは三蔵の見間違いではあるまい。そんな告白めいた事など普段なら絶対に口にしない男が、頬を染めて照れている。 「―――貴様、式神か?」 ガクリと脱力し、肩口に突っ伏す悟浄の頭を三蔵が抱きかかえる。 「明日の心配どころか、目の前の事で手一杯だって、俺」 ジンセイ色々ですから、と悟浄は殊更に茶化した口調で付け加える。 「――――余程死にたいらしいな、貴様」 脇に置いた銃を取り出さんばかりの凄みを利かせ、三蔵は唸った。 『結ばれるはずのない縁』 悟浄の心に棘のように刺さったままの、三蔵に対して抱く引け目のようなもの。あの老婦人が、失った恋人に対して恐らくは一生抱え続けるものと同じ。 老婦人はともかく、悟浄の胸の棘を自分が抜いてやれないのが三蔵にはもどかしくて仕方がない。それきり三蔵が黙り込むと、悟浄は肩口に埋めていた顔を上げ、怒んなよと軽く口付けてきた。三蔵の視線を受け、軽く首を傾げる。 「‥‥‥けど、今日の俺はここにいるわけよ」 もう一度音を立てて口付けられて、三蔵は目を細めた。 「お前がさ、あのバァちゃんの話聞いて、何を感じて俺に何を聞きたいのかとか、まぁ薄々は分かるんだけどよ‥‥‥」 少し困ったように笑いながら、悟浄はぱたりぱたりと足をばたつかせている。子供じみた仕草は、悟浄がそれについては突っ込まれたくないと思っているという無意識の意思表示だ。三蔵は内心でため息をつきつつ、悟浄の願いどおりに見逃してやることにした。悟浄が常にない甘い言動をとっているのは、ずっと考え込んでいた三蔵のことを気遣ってのことだと気付いていた。だからこれで相殺だ、と三蔵は勝手に決めてしまった。 「今、俺はここにいるし、お前もここにいる。そりゃ明日はどうなるかわかんねぇけど、とりあえず今はこうして一緒にいるってのはだな、」 そこで悟浄はわざとらしくゴホンと咳払いした。 「‥‥‥‥シアワセってやつだろ?」 思わず唖然とした三蔵に、勝ち誇ったように片目を瞑って寄越す。 「―――そういう事にしといてやるよ」 何とか、むすりとした顔を作って三蔵が答えると、悟浄はまた笑った。悟浄に聞きたいことがあったはずだが、もうどうでもいいと思った。胸にわだかまっていた何かの答えを見つけたような気がしていた。 いま、こうして共に在る。
体勢を入れ替えて悟浄に覆いかぶさると、悟浄は素直に腕を三蔵の背に回してきた。
悪くない笑みだと三蔵は思った。
「たとえ明日がこなくとも」完 |
…どんなリクだったっけ?
という皆様のお声が聞こえてきそうです。甘めとのご指定だったのに、幸せいっぱいでもないし…(汗)
今の私の精一杯でございますのでお許し下さい、香蘭様///
出来上がりはこんなんですけど、リクありがとうございましたv
私が思うに…この悟浄さんは実は酔っ払ってて正気じゃないんですよきっと;;
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