三蔵の手が、指が、舌が、俺の体に触れるたび、体が震えた。今まで、さんざん他人と重ねてきた体。行為の間、例えどんな快感の中でも頭はどこか冷えていて。あとどれくらいで相手がトんじゃうなーとか、今日は何回ぐらいイケそうだとか、結構冷静に考える余裕があった。
でも、今は‥‥。こいつに触れられた部分から、溶けていきそうな感覚。油断すると、頭の中身まで流れ出しそうに熱い。
「あ!‥あっ‥ああ‥!‥」
三蔵が俺自身を愛撫し始めると、思わず声が漏れた。計算でもなく演技でもなく。自分でも今まで聞いたことがない、甘く掠れた声。いわゆる嬌声というやつだ。
―――怖ぇ。
初めての感覚。SEXで我を忘れるほどに狂う自分が恐ろしくて、俺は意識を保とうと唇を噛み締めた。口の中に鉄の味が広がる。その間にも三蔵は俺を容赦なく扱いて舐め上げて‥‥猛烈に襲う射精感。俺は、耐え切れなくなって声を上げた。
「あああっ!三蔵!や‥めろ!嫌だ!い‥や!っ‥あああっ!」
気の遠くなるような快感の波に抗えず、俺は自身を解放した。すぐさま、俺の吐き出したもので濡らした指が進入してくる。久しぶりに異物を受け入れるソコは、痛みを伴って俺の意識を引き戻す手助けをしてくれた。
「‥‥何が嫌なんだ?」
不機嫌な声。違う、嫌なんじゃない。ただ、こんなのは初めてで。
「溺れてるみてぇ‥‥‥」
波にさらわれて、自分がどこにいるのか分からないような感覚。広い海の真ん中に投げ出されて、場所も方向も何もわからなくて。ただ気が狂うような快感だけを感じてる。そのまま溶けて水になってしまいそうだ。
「もっと、溺れろ」
耳元で囁かれた言葉に一瞬気を取られた間に、三蔵が俺の中に入ってきた。
「!う‥あ‥!」
激しい痛みに思わず背中を仰け反らせる。三蔵は俺の耳を宥めるように舐めた。
「悪いが、我慢できねぇ‥‥動くぞ」
「あ‥ちょっ‥‥あ‥ああ!あああっ!」
猛烈な痛みに涙が滲む。激しく俺を責める三蔵の姿が霞んで見える。
(三蔵、怒ってる‥‥のか?)
だが、一層深く突き上げられて、俺は思考を中断した。ただガクガクと揺さぶられるうちに、痛みがどうとかわからなくなって―――代わりに、また意識が朦朧とするほどの快感に襲われる。
「あ‥‥三蔵‥‥三蔵‥‥!」
‥‥俺、溺れてる‥‥何か‥‥怖ぇ‥‥
このまま溺れ死んでしまうのだろうか、俺は。
「俺に、溺れろ」
荒い息の下三蔵が呟く。
「お前は、俺だけに溺れてろ」
再度囁かれたその言葉に、俺の今夜の行動に対する三蔵の怒りを確かに感じて。
――――嬉しかった。
腕を三蔵の首にまわして、思い切りしがみ付く。
「じゃ‥‥あ、‥お前も‥‥一緒‥に‥‥沈んで‥‥?」
お前が一緒に溺れてくれるなら、どんなに広い海も怖くない。三蔵が笑う気配がする。
更に激しくなった行為に、俺は意識を保つ努力を放棄した。
「‥‥俺さ‥‥この街にいたことあんの。もうすっげー前‥‥」
「そうか‥‥」
「あいつと‥‥凛っていうんだけど‥‥同じように、通りに立ってた」
情事の後の気だるい雰囲気。何度も求めて求められて‥‥俺たちは裸のまま、寄り添って一つベッドに横になっていた。
初めて話す、自分の過去の話。八戒にでさえ話したことはない。
「恥ずかしいことだとは思ってないよ?生きるためにはそれしかなかった。とにかく、必死だった。‥‥‥初めてあいつを見たとき、何か昔の自分を思い出して‥‥なんとなく、感じた。こいつは、俺と同じタイプだなって‥‥。生きてくために、男にも女にも‥どんなヤな奴にも足を開いてさ。でも心だけは誰にも渡すもんかって‥‥いつか、抜け出してやる、そればっかり考えてた。けど不思議だよな、体売ってたってことよりも、その頃の自分自身を思い出すと胸が痛むんだ。どうしてあんなに生きようとしてたんだろ‥‥」
「生きたくないのか?今は‥‥」
「そうじゃない、けど今は生きる理由がある‥‥三蔵がいてくれる。けど、あの頃には何も無かった。ただ、死ぬわけにはいかなかった、ってだけでさ」
兄貴に救われたこの命。勝手に捨てるわけにはいかないと、思い続けていた日々。
「‥‥見つけるためだろ」
ポツリと呟く三蔵の声。何を、と言う必要は無かった。
うん、と頷いて隣に身を寄せる。
「あいつにも、いつか見つかるといいよな‥‥」
自分だけを求めてくれる大切な人が。自分を照らす光のような人が。
俺と、同じように。
急激に襲ってきた睡魔に身をゆだね、俺は目を閉じた。意識を手放す瞬間、額に何か暖かいものが触れるのを感じていた。
翌朝、朝食の為に食堂に降りると、既に他の3人は食事中だった。
「悟浄、俺‥‥俺っ」
俺の姿を見つけた悟空が駆け寄ってくる。俺はそんな悟空の頭をぽんぽんと叩いて言った。
「ごめんな、心配かけちまったな‥‥悟空、八戒」
「もう、二度とごめんですよ、悟浄」
そう答える八戒の目は何か充血していて‥‥もしかして、オマエまた眠れなかったの?じゃあ今度は‥‥アレ、聞かれた訳ですかい。
こりゃあ、後で何言われるかわかんねーな、と俺が頭を抱えていると、誰かに名を呼ばれた。
「あー見つかって良かった!探しちゃったよ」
その声は‥‥凛だった。
三蔵の周りの温度が下がる気配に、俺は息を呑む。
戸惑う俺たちを余所に、凛は悟空に向かって笑顔でこう言った。
「メシ、おごってくれんだろ?」
「いい子ですね‥‥」
凛と悟空は俺たちから離れたテーブルで笑いながら、朝食を摂っている。悟空の本当に嬉しそうな姿を見ながら、八戒は呟いた。
ちゃんと伝わっていた。ちゃんと解ってくれていた。そして許してくれたのだ。
俺は心の底から凛に感謝した。
「じゃ、そろそろ出発しますか。僕、悟空呼んできますね」
「いやいい‥‥俺が行く」
「三蔵」
思わず口調に制止の響きがでた。何を‥‥言うつもりだよ?
「大丈夫だ。先に行ってろ」
有無を言わせぬ三蔵の口調に、俺は従うしかなかった。
「悟空、出発するぞ。ジープに戻れ」
「えーっ、もう?仕方ないなあ‥‥じゃあ、凛、お別れだけど‥‥‥‥元気でね!」
走りながらぶんぶんと手を振る悟空が見えなくなるのを確認して、俺はそいつに話し掛けた。
「色々、迷惑をかけたようだな」
「‥‥もしかして、あんたが恋人?あの人の」
あの人、が誰を指しているかわかったから、俺は黙って頷いた。
「あの人の、昔の話は知ってる?」
「‥ああ」
「俺たちの間では既に伝説だよ‥‥。皆、あの人に夢中になった、って聞いたことある。色んな挿話が残ってるけど、一番有名なのは、あの人がこの街を出て行くことになった時の話かな。旅の商人が彼に入れ込んで、一緒に連れて行こうとしたんだ。目の前に、この街ごと買えそうな大金を積み上げて。そしたら、あの人は目の前の札束に、煙草の火を押し付けて――『俺は誰にも飼われねぇ』って」
容易に想像することが出来る、その姿。やはりお前は、誰よりも誇り高い。
「その商人が元締めに手をまわしたりなんかしたおかげで、ちょっとゴタゴタして、結局あの人はこの街にはいられなくなった」
俺は、ただ黙って聞いていた。俺の知らない、悟浄の過去。
「それ以来、伝説。誰にも媚びず、へつらわず――。俺もそんな風に生きたい、って思ってる」
けどさ、ちょっと驚いたよ、と笑った。
「もっと、こうギラギラした人かと思ってた。―――でも、すごい人だなって。体を張って、人に優しくできる人なんだね。ちょっと、痛々しいけど」
大人びた、口調。きっとあいつもそうだったのだろう。
「あの子、悟空だっけ。あの子の気持ちを誤解しないでやってくれって、それを言うために俺んトコに来たんだよ。実際会ってみたら、その通りのいい子だったから嬉しかった」
あの子、と言うところをみると、年上だとは思ってないらしい。まあ、当然か。こいつの方が何倍も落ち着いている。
「けどもし、それだけで帰られてたら俺、信じてなかったと思う。やっぱアンタも俺なんか認めてないんだろって、金さえやっとけばいいんだと思ってんだろって、馬鹿にされたと思っただろうね。‥‥‥‥今、冷静に考えれば、あの人に俺たちの気持ちがわからないはずないのにね」
初めて街でこいつを見かけたときの、悟空を制した悟浄の姿を思い出す。まるで自分が傷付けられたような、そんな顔をしていた。
「その時は、頭に血が上って気付かなかった。でもあの人はちゃんと、俺を認めて、対等に扱ってくれた。ちゃんと、俺を抱こうとしてくれて‥‥」
「抱こうと‥‥した?」
その言葉の微妙なニュアンスに、引っかかる。
「‥‥聞いてないの?」
「‥‥‥」
「出来なかったんだよ‥‥あの人」
「!」
「言い訳はしない‥か、やっぱすごいや。想われてるね、あんた。大事にしてあげなよ?」
「‥‥生意気なんだよ、クソガキ」
んなこと、てめぇに言われるまでもねぇ。
「さんぞー、遅いよ!」
「何‥‥話してたんだ?凛と」
尋ねてくる紅い瞳には、わずかだが不安が込められている。どうせこいつのことだ、俺があいつと傷付けあったんじゃないか、と心配しているんだろう。
冗談じゃない。俺が傷付けられるのは、お前にだけで充分だ。お前を傷付けていいのも、俺だけだ。そしてその傷を癒せるのも、お互いだけで。
傷付け合う悲しみよりも、癒し合える喜びの方が大きくて。
そうして、共に生きていく。
不安を払ってやるために、俺はニヤリと笑ってやった。
「ふん‥‥てめぇの煙草の捨て方がなってないのは昔から、という話だ」
「そして全ては始まった」完
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