Poison(三蔵Ver.)

夜半、悟浄の部屋のドアを開けた途端、わずかにアルコールの匂いがした。

「よ、三蔵」
「夜中まで単独行動したあげく、一人でのんびり晩酌とは、いいご身分だな」
どうせ行き先は分かっている。宿を探す街の中、見かけた賭場にこいつの目が止まったのを見逃すほど馬鹿じゃない。
賭博で巻き上げついでに手に入れた酒だと言った。だが、高級酒であるはずのソレは、中身だけ抜かれていたらしい。代わりに詰められていたのは、どうしようもない安酒で。捨てるのもなんだからさ、とバツが悪そうに笑った。

「本当はさぁ、美味かったら三蔵誘おうと思ってたんだけどさ。こんな酒飲ませたら、何言われるかわかんないし?」
ただえさえ機嫌悪いのにねぇ、と続ける。わかってんなら、フラフラ出歩くんじゃねえよ。実は、部屋を訪ねたのも一言文句を言うためだ。遠足じゃねえんだぞ、まったく。

「‥‥寄越せ」
ズカズカと近づくと、備え付けの椅子に腰かける。酒の入手経路に疑念はないが、本当に不味いから俺を誘わなかったのか確かめたくなった。我ながら、ガキくせぇ。
「やめといた方がいいと思うぜ?後で文句言うなよ?」
「煩せぇ、早くしろ」
あきらめたのか、自分の使っていたグラスに酒を継ぎ足し俺へと差し出す。一口含んで、俺は顔をしかめた。‥‥‥不味い。

「だーかーらー、言ったでしょ。そんなニラむなって!文句言うなっての!」
「文句は言ってねぇ」
「屁理屈言うなよ‥‥ああもう、やっぱ捨てるしかねぇか、コレ」
酒捨てるなんて勿体ねェ、とぶつぶつ言っていたが‥‥‥‥ふっと何を思いついたのか俺の顔を見てニヤリ、と笑った。‥‥‥何だ?
座っていたベッドから腰を浮かせ、俺の顔を覗き込む。

「極上の酒、飲ませてやろうか?」
「あぁ?」

小さいテーブルの上に放られていたグラスの中身を煽り、俺の肩を引き寄せる。流し込まれる、熱い液体。さっきと同じ酒のはずなのに、今は信じられないほどの甘さと熱さ。喉を鳴らして嚥下する。この熱を逃すまいと奴の体に腕をまわして抱き寄せた。触れる腕が、唇が、舌が。何もかもが燃えるようだ。出て行こうとするあいつの舌を逃さないように絡め取る。俺の手が、あいつの腰をなで上げる。感じる熱がさらに上がる―――
 

 

突然、体を離された。降ってわいたような喪失感。熱かった腕の中に、冷たい空気が流れ込んでくる。

 

何故、離れた?

 

今のあいつは俺から少し離れたところに立っている。手を伸ばしても、届かない距離。
急激に襲う、猛烈な飢餓と震えを感じる程の寒気。
そして、狂気。

――欲シイ欲シイ欲シイモット寄越セ全然足リナイモット寄越セ
寄越セ寄越セ寒イ寒イ寒イ早ク寄越セコノ震エヲ止メロソノ熱ヲ早ク早ク――

狂った思考が脳内を支配する。止まらない悪寒。
 

 

―――――それはまるで
   

           欲望という名の
    

                禁断症状―――――
 

 


たった一度の摂取で全てを蝕む、その甘露。
禁じられれば、狂うしかない。タチの悪い、紅い酒。
 

 

 

ヤバイ。
 

 

 

「どう?上物だろ」
「‥‥ああ、悪かねぇな」

答えを知ってて尋ねてくる。こいつ本当にタチ悪い。
立ち上がり、狂気を宿したまま近づく俺に、勝者の笑みを向けて言う。
 

「やみつきに、なるかもよ?」
 

 

それがどうした。
 

 

 

問題ねぇだろ
お前が側に居るならば。

「Poison(三蔵Ver.)」完

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