『ちょーだい』 それは、俺たちが出会って初めての、肌寒い季節を迎えた頃。 『何の真似だ』 ピキ、と青筋が浮かぶのが自分でも分かる。銃をしまってある引き出しに手をかけると、大げさに縮こまって『暴力反対!』とか抜かしやがった。 『‥‥貴様に誕生日を祝うとかいう普通の感性があったとは驚きだな』 相手をするのも馬鹿らしい。こいつに邪魔されて途中になっていた書類を広げると、凝りもせず『なあなあ、何でもいいからさぁ』と纏わり付いてくる。しばらく無視していたが、あまりのしつこさに遂にキレた。 『煩ェ!俺は忙しいんだ、馬鹿と付き合ってる暇は無ぇ!とっとと帰れ!』 悟浄はそんな俺の反応も予想していたのか相変わらずヘラヘラした笑いを浮かべている。 『そんなに欲しけりゃ―――』
贈り物
(妙な事、思い出しちまったじゃねぇか‥‥) ジープに揺られながら、三蔵の機嫌は下降の一途をたどっていた。 『確か、悟浄の誕生日じゃないですか?今日』 出会ってから三年余り、いい大人の男がお誕生日でもあるまいと、普段話題に上ることも、その日に特別な事をしてきたという訳でもない。 そもそも、自分には一応誕生日があるが、正確にこの世に生を受けた日ではないし、悟空のも正しいのかどうか良く分かっていない。そんな日を祝うのも馬鹿らしいと自分では思っている。 とにかく、悟浄が三蔵に自分の誕生日をアピールして物を強請ってきたのは後にも先にも一回きり。出会ってから初めての誕生日の時だけだ。 改まって「誕生日のお祝い」なんてお互いガラじゃない――が。 不覚にも思い出してしまった悟浄の誕生日を無視するか否か。
思い切って「おめでとう」の一つでも言ってやろうか、だが祝いを受けて奴は喜ぶのか、と思い悩んでいるうちに夜になってしまい、ますます切り出す機会を失っていく。だがこのまま、うやむやのままに今日という日を終えさせるのも躊躇われた。当然の話だが、次の悟浄の誕生日までには一年あるのだ。 「プレゼントはあげないんですか?」 日もどっぷりと暮れた森の中、野営場所に決めた場所で、三蔵は八戒に唐突に切り出された。 「‥‥お前は、どうなんだ」 焚き火の側には、三蔵と八戒しかいない。振られた話題にこれ幸いと、三蔵は内心気になっていた八戒の動向を探る。悟浄と悟空は夕食を終えるとすぐ、周りを見てくると言い残し、姿を消した。何のことは無い、結局一日中頭を悩ます事になった三蔵の不機嫌さに閉口した二人は、さっさと逃亡したのだ。 「僕は別に‥‥今までも特に何も贈っていませんし」 八戒から返される返答に、三蔵は気取られないよう安堵のため息をつく。 「あまりモノには執着しない人ですからねぇ‥‥そもそも、誕生日に悟浄は家には居ませんでしたし」 その部分は‥‥聞くんじゃなかった。三蔵の眉間にこれ以上はないというぐらい皺が寄る。そうだ、あの馬鹿の事だ、誕生日なんていうものは、女を口説くためのアイテムの一つでしかないだろう。らしいと言えば、らしいのかもしれないが。 「それでも当日の夜には帰ってきてましたから、乾杯はしてたんですよ、いつも。その時だけは珍しいお酒を買ってきて。いつの間にか『自分が飲んだことのないお酒を飲む日』って事に、なってましたね。おまけに何に乾杯するって、『この酒が美味い酒であることを願って乾杯!』とかですからねぇ‥‥完全に飲むための口実ですよ」 確かに、そんなものだろう―――と三蔵は納得する。誕生日を祝うという光景が、悟浄と八戒からは想像できない。 「どんなにそれが不味いお酒でも、全部飲まないといけないって暗黙のルールまで出来ちゃって、去年の僕の誕生日なんか悲惨でした」 まあ、楽しかったですけどね。穏やかに微笑んで、八戒は今度はきちんと三蔵へ顔を向けた。 「‥‥でも、それは相手が僕だったから、ですよ」 さらに何かを言いたげな八戒の視線を黙殺し、三蔵は煙草を取り出した。
今の八戒の話で、分かった事。 悟浄が実はかなり前から自分に想いを抱いていたという事は、既に知っている。何故悟浄が自分から何かを貰いたかったのかも、想像が付く。あの馬鹿の事だ、『どうせ想いは通じないのだから、せめて思い出の品を』とでも考えたのだろう。 三蔵は、あの時悟浄に何も渡さなかったことを、心底良かったと思った。ヘタに品物を渡して、想いを昇華されでもしていたら敵わないところだ。
すっかり黙り込んでしまった三蔵の様子をどう解釈したのか、八戒は再びジープをあやす作業に没頭しようとして―――そう言えば、と呟いた。 「三年前に一度、意外なことがあったんですよ。意外というか、不思議というか‥‥‥未だに何だったのか、よくわからないんですけどね」 三蔵は、胡乱な目を向ける。八戒にしては、珍しく歯切れが悪い。 「悟浄がモノに執着した、と言えるかどうか分かりませんけど。小石を、大事にしてたことがあったんです。こう―――ちょっと綺麗な感じの」 どこか含みのある八戒の言葉に、三蔵は視線で続きを促す。 「あれは三年前の‥‥‥ちょうど今頃の季節だったと思います」
たまには外でメシでも食うかと、八戒と悟浄は町に出ていた。 『悟浄?』 慌てて八戒が振り返ると、僅かに後ろでパタパタと体中のポケットというポケットを叩いている悟浄の姿が、眼に飛び込んできた。 『悪ィ、ちょっと持ってて』 ポケットを引っ張り出すようにして一心不乱に何かを探している悟浄に、八戒は訝しげな視線を送った。どうやら目的の物は見つからなかったらしく、悟浄はあからさまに肩を落としている。 『大事なものですか?』 それなら知っている。 『メシ屋で落としたんなら見つかるかなぁ‥‥ワリーな八戒、先に帰っててくれや』 脱兎のごとく駆け去る悟浄の後姿を、八戒は呆然と見送った。
「その日は、かなり遅くに戻ってきて‥‥結局、見つからなかったみたいですけどね。僕の前では平気な顔してましたけど、かなり落ち込んでました。その石が何だったのかは、誤魔化されちゃったんですけどね‥‥‥集めてるんだって言ってましたけど、それ一つしかなかったし――――あの、聞いてます?、三蔵?」 「―――ああ」 ばちん。 「少し、歩いてくる」 一方的に会話を打ち切り、立ち去る三蔵の後姿に、八戒は大きくため息をついた。 ―――何だかなぁ。と思う。 悟浄の誕生日を祝いたいのなら、素直にそうすればいいのだ。確かに、悟浄が今日という日に心から喜びを感じているかどうかと問われれば――――少し、いやかなり首を傾げざるを得ない。 だが、それなら三蔵が喜びを教えてやればいい。喜びを感じさせてやればいい。 石の話を持ち出したのは、勿論計算ずくだった。悟浄が自分の過去以外に執着するものには、九割方三蔵が関わっている。そう思ってわざと話を持ち出したのだが、どうやらビンゴだったらしい。 これが八戒の、悟浄への誕生日プレゼントだった。
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