あなたの側で眠りたい

今日も三蔵一行は西へと進んでいた。

妖怪の襲撃もここ最近は無く、多少気だるげなムードがジープ上には漂っている。男四人が毎日顔を付き合わせていれば、そうそう会話が弾むという事もない。

「あー、腹減ったなぁ‥‥」

悟空の決まり文句も、心なしか元気がない。だがそれには、心底空腹を訴えると言うよりも、何かの反応を伺うような響きが多分に含まれていた。
ちらちらと横目で隣の様子を伺っていた悟空だったが、やはり何の反応も返ってこないのを見てとると、僅かに肩を落とし、仕方なく流れる景色に視線を向けた。
そんな後部座席の様子をミラー越しに見ていた八戒は、困ったように三蔵に目をやった。だが、三蔵は腕を組み、目を閉じたまま動かない。
眠っているのか、気付かない振りをしているのか。

八戒は小さくため息を付いた。
 

 

 

悟浄が、大人しい。

いつもなら悟空の台詞にからかいの言葉を返し、ストレス発散と退屈しのぎに付き合ってやる筈の悟浄が、先程からずっと黙って何かを考え込んでいる。
ジープ上の空気がいつもと微妙に違うのは、刺客の襲撃が無いからというよりも、悟浄のこの態度のせいだろう。
 

「‥‥やっぱ駄目だ」

不意に、悟浄が呟いた。

ぴくりと反応した助手席の様子に、三蔵が眠っていなかった事を八戒は知った。

「ご、悟浄?」
「八戒。ジープ止めてくれ」

やはり悟空の問いかけは無視し、悟浄は運転席の方に身を乗り出してくる。その声音に含まれる真剣さに、他の三人は僅かに緊張した。

「どうしたんですか?」

意識してなるべく冷静な声を出しながら、八戒が僅かにスピードを落とす。だが。

「荷物出して。ビール飲む」
「‥‥はい?」

聞き間違いだと、思った。

「だから、ビール飲むんだよ。さっきから喉が渇いて仕方ねーんだよな。ジープの上でってのはまずいかなーと思って言い出せなかったんだけど、うん、我慢は体に良くねーよな、やっぱ」

じゃあ、ずっとビールを飲もうか飲むまいかと。そんなくだらない事を延々と考えていたと。この人は。

「‥‥飲んだじゃないですか、さっき川で」
「それは水だろ!?俺はビールが飲みてぇんだよっ!、だから、八戒、ジープ止め、‥‥うおっ!?」

急にスピードを上げたジープの衝撃で、悟浄は見事に後方にすっ転んだ。
 

 

 

「あーもーっ!馬鹿河童のせいで余計に腹減った!」

心配して損したと顔に書いてある悟空が、ぶうぶうと文句をたれる。だが、その口調は先程とは違い明るいものだ。

「何でだよ。大体てめぇの腹減ったはいつもの事だろ、人のせいにすんじゃねーーよ」

危うく振り落とされそうになった衝撃で打ちつけた腰をさすりながら、悟浄が悟空を睨む。だが、悟空はやはりどこか嬉しそうだった。嬉々として悟浄に絡んでくる。

「今回はテメーのせいだ!クソ河童!」
「言いがかりつけんな!このボケ猿!」
「うるせーぞ!静かにしろ!」

いつものように喧嘩を始めた二人に、ついにキレた三蔵の怒鳴り声。帰ってきた日常に、八戒は内心ほっとした。

「ははは。もうすぐ次の村ですから、着いたら思いっきり食べましょうね――――悟浄のおごりで」
「やたっ!」
「名案だな」
「は、八戒!?何でだよ!?」

悲痛な悟浄の叫びを他所に、三人は何を食べようかとすっかり盛り上がっている。そんな中、そう言えば、と八戒が何かを思い出した。

「次に寄る村は、『りょくりゅうそ』の生産地として有名なところですよ。知ってます?緑の竜の鼠で『緑竜鼠』」
「何ソレ?緑色の竜?‥‥んでも、結局はねずみって事?ジープの身体が鼠みたいなやつとか?」

一体どんなものを想像したのか。『?』マークで頭が一杯になっているらしい悟空の言葉に、ジープが不満気に鳴く声が前方から聞こえてくる。

「そうですねぇ、灰色の毛に覆われてて、全体的には姿が鼠に似てるんですけど、もっと大きいんですよ。れっきとした食用で、超高級食材ですよ?ものすごく柔らかくてジューシーなお肉なんですって。と言っても、僕も食べた事ありませんけどね」
「へぇぇぇ〜!食いてぇ〜!な、な、三蔵、食ってみようぜ、それ!」
「食わねぇぞ、あんな高いモン。‥‥まあ、確かに美味かったがな」
「いいじゃん、どうせ悟浄の奢りなんだし!」
「ああそうか」
「納得すんな!!ってか、お前どうして食った事あるんだよ、坊主のクセに!」
「まあまあ、悟浄。本場ですからきっと格安で食べさせてくれますよ、きっと」
「やった〜、食おうぜ食おうぜ!すっげー楽しみ〜!!」
「‥‥‥‥」

これ以上の反論は無駄だと悟った悟浄はがくりと肩を落した。だが、悟空が楽しそうに笑うのを見て、まあいいかと思ってしまう自分も大概どうかしているのかもしれない。感じていた喉の渇きも忘れ、悟浄もつられて笑った。それは多分、苦笑いという種類のものだったが。
ひとしきり騒いだ悟空が、急に「あ」と声を上げた。がばりと運転席のヘッドレストに顔を寄せる。

「なー、八戒。そいつ緑竜って、何で?」
「ああ‥‥。首のところに、数枚だけ緑の鱗があるんですよ。その鱗も漢方の原料として珍重されてて‥‥何の病気にでも良く効く優れものなんですけど、これがまた肉以上にもの凄く高価で」

もの凄く、という部分に特に力を入れた八戒の言葉に、悟浄までもが後部座席から身を乗り出してきた。

「んじゃあ、その村ってのはすんげー裕福な筈だよなぁ。こりゃー色々と期待できそv」
「『村』に繁華街は無いと思いますけど」
「夢砕くなよ、お前‥‥」
「どちらにしても、単独行動は許さん。大人しくしとけ、馬鹿河童」

「やーい、怒られてやんの」
「何だとコルァ!やるってのか食欲魔猿!」

そうして、またしても懲りない連中が取っ組み合いの喧嘩を始めるのはいつもの事だ。騒音に耐えかねた誰かが再び立ち上がるのも、時間の問題。

「喧しいっ!静かに出来んのなら蹴り落すぞ!」

退屈を放り出し、にわかに騒がしくなった日常を乗せ、ジープは目的の村へと近付いていった。
 

 

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