「初日」の続き
仮題「三蔵&悟浄 長い旅路」

「チッ‥‥。やはり居やがったな」

ラブラブな初日の出参りを終え、宿に戻ってきた三蔵と悟浄は、宿へと入り口が見える一つ手前の曲がり角に身を潜めていた。三蔵的にはあのまま一気になだれ込みたかったところだが、案外常識人の悟浄が断固として嫌がったので、仕方なく宿に戻ってきたのだ。
今年最初の悟浄とのH‥‥いわゆる姫はじめで頭を一杯にしつつ、足取り軽く戻ってきた三蔵の本能というレーダーが、何やら不穏なものを捕捉したらしい。

「居るって‥‥あのじいさん?何で分かんの」
「気配だ」

きっぱりと言い切る三蔵に、悟浄は呆れた表情を向ける。

「気配っておい‥‥妖怪でもねぇのに。こんな距離から分かるはずねーだろ?嘘つくなよ」
「鈍いてめぇと一緒にすんな。まだ妖怪の方が気の利いた気配を出すくらいだ、あのジジイの鼻につく気配は絶対に忘れん!」
「匂いかよ‥‥」

こいつホントは人間じゃないんじゃなかろうか、と悟浄が疑いの眼差しを三蔵に向けた時、背後から声が上がった。

 

 

 

 

「三蔵様を発見いたしました!B地区の黄邸、西の角です!」

がばっと二人同時に振り向けば、こちらに駆け寄ってくる若き僧侶の姿が目に飛び込んできた。どうやら手にしたトランシーバーで指示を仰いでいるらしい。

「何であんなの持ってんだよ?」
「知るか!とにかく逃げるぞ!」

追っ手の位置からして方向的に飛び出すのは宿の前の通りしかない。そこで三蔵の目は二階の自分たちの部屋の窓からこちらを見下ろす匂い‥‥もとい、気配の元である老僧の姿を捉えてしまった。
その顔に浮かぶのは、余裕の笑み。こちらは実に不似合いなインカムを装着していた。時折口が動き、何事かを指示している様子が見て取れる。

――――いいだろう。ジジイ、受けて立とう!

三蔵の負けん気に火が点いた。

「来い!悟浄!」
「いや‥‥俺はあんまり関係ないと思うんだけど‥‥」

夕べも徹夜だったし、俺眠いのよ。と燃え上がる三蔵を全く無視して宿に戻ろうとする悟浄の襟首を憤怒の表情で掴む。

「来・る・な?」
「‥‥はい‥‥」

そうして二人の逃避行は始まった。
 

 

 

 

「三蔵様、C地区の第三ポイント通過です!」
「第二班、直ちに北ブロックに集結せよ!」

走る三蔵と悟浄の耳に、様々な音声が飛び込んでくる。
追っ手の数も、既に膨大に膨れ上がっていた。時々は塀に登り、建物の影に身を潜め、なんとか連中を誤魔化しながらも三蔵は必死に何かを探している様子だ。時折、此処じゃ駄目だなと呟くのを悟浄は聞きとがめた。

「何探してんのよ、お前」
「決まってるだろ。お前とゆっくりヤれる場所だ」
「‥‥‥‥‥‥」

そう言いながらも場所のチェックに余念のない三蔵に、言葉もない悟浄。そこへ再び迫り来る追っ手の気配。

「いらっしゃったぞ!あそこだ!」

ガヤガヤと声が幾重にも重なり届いてくる。

 

「チッ!いくぞ悟浄!安息の地を目指して!」

(何処に到着しても、俺に安息は来ないような気がするんですけど‥‥)

三蔵の目的がナニである以上、悟浄がこれから辿る運命は容易に想像がつくわけで。悟浄の胸の内の呟きは、勿論三蔵に届く事はなく、ただずるずると三蔵に引き摺られるまま逃亡の片棒を担ぐ事になるのだった。

三蔵たちを追って僧侶たちが一斉に駆け出し、喧騒が去るとその場には静寂が戻ってきた。と、やや位の高い僧侶らしき人物がゆっくりと姿を現し、手にしたトランシーバーに向かい報告を入れる。

「こちら第五チェックポイント‥‥はい、全て予定通りに進行中です」

晴れ渡っていた空に、いつの間にか雲がたれこめはじめていた。

 

 

 

 

走る二人に迫る追っ手。だが、悟浄はその数が徐々に少なくなっている事に気がついた。
ふと前方に目をやると、こちらを指差し駆けて来る僧侶たちの姿。咄嗟に目の前の角を右に折れる。

果たして、そこは――――――行き止まりだった。
高くそびえる壁に三方を囲まれ、逃げ場は無い。

(しまった!罠か!)

三蔵が舌打ちと共に振り向くと、そこには溢れんばかりの僧侶が退路を塞いでいた。しばらく僧侶たちと三蔵の(悟浄はあまりやる気が無い様子だ)睨み合いが続いたが。
 

「勝負ありましたな」

何処からともなくしゃがれた声が響くと、するすると僧侶たちの中心が割れ、一本の道が出来た。
そこからキックボードを軽やかに操り華麗に姿を現したのは、例の老僧。

「うわ〜。あれ最新モデルじゃん。カックイー」

緊張感もなく感嘆の声を上げる悟浄を睨み付けて黙らせると、三蔵は宿敵の老僧に向き直った。

「‥‥誰が誰に負けたと?耄碌して頭やられちまったんじゃねぇのか?老いぼれが」
「確かに三蔵様はお若いですなぁ‥‥。まるで赤子の手を捻るようですわい。ほっほっ」

バチバチと火花を散らす二人を、悟浄も他の僧侶たちもオロオロと見守るばかりだ。

「諦めなされ。もう、逃げ場はありませぬ。大人しく寺にお戻りいただければ良し。そうでなければ―――――」
「ほう。どうするつもりだ?こんな処に追い込んだぐらいで、俺の迸る情熱を止められると思うなよ」

(だから何への情熱なんだよ‥‥)

悟浄の内心の突っ込みはさて置き、姫はじめへの情熱を満々に滾らせ挑発の笑みを浮かべる三蔵に向かい、老僧は自らの右手を高々と上げた。

「ならば無理にでもご同道願うまで!いざ捕獲作戦開始!ナイアガラ・フォーメーション!」

その声を合図に、僧侶たちが一斉に三蔵めがけ、飛び掛ってきた。

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