―――では、実際にこの素晴しい効果を体験された方からの声を紹介しましょう。 Aさん(長安在住、男性:25歳) 「まるで夢のような夜でした。普段は照れてマグロな彼女が、僕に縋って『もっともっと』って足を開いてきて。最後の方なんか僕が先にバテちゃいましたよ。しかも翌日彼女はそんな事忘れてて。副作用らしいですけど、こんな副作用なら大歓迎ですよ。ええ、勿論また使います!」 Bさん(天竺在住、女性:21歳) 「もう、彼ったらスゴいの!!いつもは優しく壊れ物を扱うように抱いてくれるんだけど、ホント言うとちょっぴり物足りなくて‥‥でも、あの夜は違ってたわ!服を引き千切られて荒々しく組み敷かれて‥‥!やだ、思い出したら興奮してきちゃったぁ。服も新調して貰えたし、ラッキーって感じ!」 素晴しい効果に喜びの声続出! ――――――ハッピーメディスン折込チラシより抜粋
Happy Medicine 最終話
「うぃーっす」 しばらくして悟空、さらにかなり遅れて悟浄も食堂に姿を現した。 「何だよ悟浄、二日酔いか?」
(成る程‥‥) 八戒はようやく合点がいったように三蔵を見た。三蔵は何食わぬ顔で新聞を広げている。要は、悟浄の隙を付いて蹴り出したか殴り倒したか―――とにかく強行な手段を持って悟浄を眠らせる事に成功したのだろう。しかも薬の副作用はしっかり夕べの悟浄の記憶も消し去ってくれたらしい。 「今度は煙草のフィルターにでも仕込むか‥‥」 新聞を読む振りをして、実は既に次の作戦立案に余念のない様子の三蔵に『自分への報復を忘れてくれてよかったなぁ』と八戒が思った時だった。宿の主人が、悟空の朝食のお代わりと新しいコーヒーを手にテーブルへとやってきた。 「兄さん、こんな事ワシが言うのは筋違いだろうけどね」 空いた皿を下げながら、主人は頭を押さえる悟浄に静かに語りかけた。 「人の恋路を邪魔するモンじゃないよ?確かにこんな綺麗な坊さんじゃあ、兄さんが入れ込むのも無理ないと思うけど、お坊さんの恋人はこっちの人だろ?」 そう言って、主人が指差したのは八戒。 はい? あまりに意外な発言に四人が硬直し、制止がかからないのを図星ととった主人は、憐憫の情を滲ませた目で八戒と三蔵を交互に見比べた。 「夕べから見てたけど―――、可哀想に、この人たち夕飯の最中でさえ事あるごとに二人で目配せしあってたの知ってたかい?多分二人っきりになる機会を伺ってたんじゃないのかねぇ。けど、結局はあんたと坊さんが同じ部屋だったし‥‥。それに無理矢理ってのは感心しねぇなぁ」 一気にテーブルの周りの温度が下がる。 宿の主人は完全に悟浄が嫌がる三蔵を襲ったのだと解釈しているようだ。いや確かに、夕べの三蔵の絶叫は悟浄を拒むものだったのだが。 「今朝も二人で朝早くからここで待ち合わせてんだよ。‥‥涙ぐましいじゃないか、何とか二人の時間を作ろうと頑張ってさ。さっきもさ、アンタとは何もなかったって、必死で坊さんこの人に訴えてたぜ?催淫剤の広告二人で食い入るように見てたし、気の毒だけどアンタの入る余地なしだと思うよ。悪いこたぁ言わねぇ、ここはすっぱり身を引いて二人の幸せを祈ってやんなよ。それが男ってモンだぜ」 言いたい事を言い終えすっきりしたのか、主人は呆気にとられる悟浄の肩をぽんと叩くと、鼻歌交じりに皿を片して引き上げていった。『いい事をしたなぁ』という満足感が、その後姿に滲み出ている。
「‥‥‥‥ふ〜ん。二人で仲良く催淫剤、ね‥‥」 悟浄の低い声に、固まっていた他の三人は我に返った。 「‥‥仲良くとは言ってねぇ‥‥」 (テメェに使うために決まってんじゃねぇかっ!) 「‥‥‥あ、催淫剤ってのはマジなんだ。‥‥‥へええ、俺とは何ともないんだ〜、八戒が本命だったんだ、へー‥‥‥」 焦る三蔵の隣では、悟空がうつろな視線をさ迷わせている。 「八戒‥‥‥三蔵と‥‥って超意外‥‥。全然気付かなかった、俺‥‥‥」 テーブルを挟んだ二つの対角線上で繰り広げられる、二つのバトル。 結局、すっかり拗ねモードに突入してしまった悟浄を三蔵が宥めるのと、八戒が悟空の誤解を解くまでにはかなりの時間と労力を費やし、「先着20名様限り」のハッピーメディスンは手に入れ損ねてしまったのだった。
「何もかも貴様が悪い!」
終わってみれば、三蔵に睨まれ、悟浄に疑われ、悟空には悲しい誤解をされてしまった八戒が、一番ワリを食ったという話。
――――――この薬は、あくまでも二人の愛を深めるために開発された、恋人同士への贈り物です。相手に無承諾で使用し、後々トラブルになっても弊社は一切の責任を負いませんので悪しからずご了承下さい。恋につける薬なし。皆さん、どうぞお大事に。 ――――――ハッピーメディスン説明書より抜粋
「Happy Medicine」完 |