――――――人は誰でも、極限状態に陥った時には理性を手放すものです。しかし逆に言えば、人生の大半は理性によってコントロールされているという事でもあります。それは愛の営みの最中も決して例外とは言えません。
―――ズバリ、あなたはそんな行為で満足していますか?もっと激しく求められたい。なりふり構わず愛し合いたい。そんな風に感じたことはありませんか?
そんなあなたにお勧めするのが、ハッピーメディスン!理性という名の鎖を断ち切った、獣のような恋人の姿があなたを幸せの絶頂に導きます。
最高の一夜を、どうぞ。

――――――ハッピーメディスン説明書より抜粋
 

 

 

 

 

Happy Medicine その1
 

 

 

 

 

 買出しから帰った八戒が、真っ直ぐに三蔵の元にやってきた。

「はい三蔵、プレゼントです」

差し出されたのは薄い茶色の小さなおひねり。

「何だ」

何の気なしにそれを開けてみると、中からは小さな緑色の錠剤がひとつ。

「飲むと幸せになれる薬だそうですよ」
「‥‥‥」

聞けば街の薬局で『通な買い物』をして店主を唸らせた八戒が、店主にオマケとして握らされたのがこの薬らしい。一体どんなものを八戒が購入したのか聞く気もない三蔵は、思い切り胡乱なものを見る目つきで自分の手の上にある錠剤を見やると、言葉も無くテーブルに投げ出した。

「あ、信じてませんね、三蔵」
「んな胡散臭い薬、誰が信じるか。飲むだけで幸せ?どうせヤバいドラッグだろうが」

既に興味を失った三蔵は、手にしていた新聞に再び目を落とし、話は終わったと言わんばかりに八戒に背を向けた。だが、そんな事で引き下がる八戒ではない。

「誰が飲んだ本人が幸せになると言いました?これは飲ませた人が幸せになれる薬なんですって」

三蔵は相変わらず八戒の話には興味なさげに新聞を繰っている。だが、八戒は根気よく言葉を続けた。ここしばらく平穏で退屈な日々が続いている。八戒にとってこんな面白いネタを、むざむざ見過ごす訳にはいかなかった。

「欲望を刺激する効能があるんですよ‥‥‥しかも、ある特定の欲望に」

平たく言えば催淫剤。これだけなら、別にどうという事も無い薬だが。

「同時に、欲望を抑制しようと働く力――――いわゆる理性ですが――――を、働かなくする効果もあるらしいですよ。本能のまま、欲しいだけ求めるって事でしょうかね」

八戒の言葉に、三蔵がゆるゆると顔を上げる。常々三蔵が、悟浄にもっと求められたいと感じている事に八戒は気付いていた。

「悟浄の理性、溶かしてみたいと思いませんか?」

僅かに眇められた紫電に、八戒は勝利を確信した。
 

 

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