All or Nothing(27)

「う‥‥」

走っていた三蔵は、不意に眩暈を覚え立ち止まった。既にジープで進める道は終わり、三人は徒歩で妖怪のねぐらを探している。

「三蔵?どうしたんだよ?」

悟空が心配げに声を掛ける。だが、三蔵は何も答えず、頭を手で押さえ、眉間に皺を寄せている。

激しくなる、頭痛。まるで割れるようにガンガンと痛む。

痛みに耐えかねて、膝を突く。八戒と悟空が何か言っているが、全く耳に入らない。
そして痛みは最高潮に達し―――――急に掻き消えた。

「‥‥?」

何が起こったのか、分からなかった。
辺りを見回すと、やはり心配そうな顔の二人が三蔵の顔を覗き込んでいる。さらに見上げれば、今にも泣き出しそうな曇り空。まるで、悟浄が自分の腕をすり抜けて走り去った、あの時の空のように。

『お前、俺以外とヤってみたいと思わねぇの?』

あまりにも遠くに感じた悟浄の笑顔。
やはりあの時、きちんと分からせておくべきだった―――――。

 

―――――記憶が!!

 

あまりにも唐突に訪れたその瞬間に、三蔵は目を見開いたまま呼吸を忘れそうになった。
失われていた時間が、いつの間にか蘇っていた。

記憶をなくす前の事も、なくした後の事も。
何もかも忘れた自分が悟浄に何を言ったのか。そして、それに悟浄がどういう反応をしたのかも。

「あのクソ河童‥‥」

様々な想いが一瞬に渦巻き、三蔵はようやくそれだけを口にした。

「え?クソ河童、って‥?」
「三蔵!あなた記憶が!?」

目を見開く二人に、三蔵は頷いてみせる。
何が起こったのか理解できないのは、悟空と八戒も同様だった。突然の三蔵の記憶の復活に、目を白黒とさせるばかりだ。だが、ここで喜びに浸っている場合ではないのは三人が三人とも理解していた。

「話は後だ―――急ぐぞ!」

再び、走り出す。
三蔵の記憶が戻ったということは、妖怪が術を解いたか、あるいは死んだか―――。何にせよ、事態が大きく動いた事は間違いがない。何の意味もなくあの妖怪が三蔵への術を解くとは考えられない以上、悟浄が妖怪を倒したと考えるのが妥当ではあるが。
尚更、悟浄が無傷だとは考えにくい状況に、自然と三人の足が速まる。

息を切らせて妖怪のアジトを見つけ出した三人の目に飛び込んできたものは、既にこと切れている妖怪と、血に塗れて意識を失っている悟浄の姿だった。

 

「悟浄!」

 

三蔵が抱き起こした悟浄の身体は、ぞっとするほど冷たかった。

 

 

 

 

「大丈夫でしょうか、悟浄さん‥‥」

ベッドに横たわる悟浄に、麗華がうろたえた声を出した。

「心配要りませんよ‥‥傷自体は致命傷ではありません。出血が酷いんで、もう少し遅かったら危なかったでしょうけど。さあ、大丈夫ですから貴女は仕事に戻ってください」

何とかその場で悟浄の傷を塞ぎ、急いで宿に連れ帰ってきたのだが、悟浄は既に丸一日眠り続けていた。八戒の笑顔に僅かでも安堵したのか、では何かありましたら呼んでください、と麗華は心配げに振り返りつつ部屋を後にする。

「結局、妖怪が死んだから三蔵の記憶が戻ったって事?」

パタンと扉が閉じられた途端、悟空はずっと抱いていた疑問を口にした。宿に戻ってからというもの、悟浄の容態が安定するまでそれどころではなかったのだ。

「そうだと思います‥‥。結局僕たちは、あの妖怪のハッタリに振り回されたという事ですね」
「キショ〜、もう一発ぐらい殴っときゃ良かった」
「僕は一発じゃ納まりませんけどね」

そんな事なら少々の痛手は我慢して結界に突入し、問答無用で八つ裂きにしてあげればよかったと、爽やかな笑顔で告げる八戒に悟空は冷や汗を隠しつつ曖昧に頷くしかない。

「とりあえず俺は、コイツが目を覚ましたら一発ぶん殴るけどな」
「あ、俺もー!」
「勿論、僕も」

三蔵の意見には、他の二人にも異論はないようだ。
悟空と八戒は、散々心配させられたツケの支払いさせようというのだろう。

だが、三蔵は少し違っていた。

自分が悟浄を拒絶した事を、はっきり覚えている。
今なら、それが本心ではなく、記憶を失った焦りと、向けられた感情に対しての戸惑いが八つ当たりとなって悟浄にぶつけられただけだと良く分かる。
それを真に受けて、離れようとした悟浄にも腹が立つ。だから一発殴ってやりたいと思う。

だが、それ以上に腹が立つのは、自分自身に対してだった。

言葉では、伝わらないと思っていた。だから、悟浄が自分で気付くのを待っていた。
けれど、こうやっていつまでも悟浄を傷付けてしまうのなら。どうしてもっと早く、はっきりと伝えてやらなかったのだろう。
俺の全ては何もかも、お前のものだと。何があっても、離れるつもりなど欠片もないと。

――――悟浄もまた、同様に三蔵へ伝えようと決意していた事を、三蔵は知らない。

 

 

とりあえず悟浄が無事で安心したのか、ようやく悟空の腹の虫が騒ぎ出す。

「じゃ、僕たちちょっと厨房に行ってきますから」
「ああ」

一人になった部屋の中、悟浄の規則的な呼吸音が耳に心地よく届く。不意にそれが乱れ、悟浄の瞼が僅かに痙攣した。
目覚めの前兆だ。

「悟浄」

顔を覗き込むように、呼びかける。
さっきは二人にああ言ったが、三蔵は悟浄が目を覚ました時、どうするべきか悩んでいた。

一発殴るか。それとも――――キスしてやろうか。

そんな三蔵の葛藤も知らず、悟浄の瞳がゆっくりと開かれる。
 

「さん‥‥ぞう」
 

眩しいものを見る様に目を細め、悟浄は嬉しそうに笑った。

 

 

降り続いていた心の雨が、今ようやく、上がった。

 

 

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「All or Nothing」完

 

 

 

というわけで、終了です!!!ああー、長かったー!!!

 
さあ!!どこからでも文句言ってくださーい!(自棄)
ええ、ええ、わかってますとも。
「なんでこんなにアッサリ三蔵様の記憶が…!?ナめとんのか!?」
「ええ〜、三蔵様、全然後悔してないじゃん!!」(←特にAさん)
「ラブイチャはどーしたー!!」
と、仰りたいのですね、皆さん…。とほほ。
 
しかしながら、この最終回は当初から予定されていた終わり方なのですよ…。
だから言ったでしょ、あっさり終わるって///(開き直るか)
私の力量不足で申し訳ないのですが、これで勘弁してください…。

 

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