―――悟浄Side
夜中にふと、目が覚めた。
隣で眠る男を起こさないように、痛む体をベッドから引きずり出す。
久しぶりの宿。
飢えた獣が二匹、互いを貪りあった。
気だるさを通り越した疲労感。体中がギシギシと悲鳴を上げている。
いつもなら、昼まで目覚めない。
原因は、明白だ。
眩しいほどの、月明かり。
ベッドに眠る男と同じ、金色の輝き。
月を愛でるなどという体調でもないけれど。
なんとなく、窓際に誘われた。
降り注ぐ、柔らかな光。
お前が、溢れてる。
歌がある。
間抜けな、カメレオンの歌。
月を食べたくて、一晩中舌を伸ばし続けた。
何度も、何度も。
無論、届くはずも無い。
だが朝になり、月が消えていくのを、自分が舌で舐め溶かしてしまったせいだと思い込む。
なんだ、月には味が無い。そう結論付けて。
幸せな、カメレオンの歌。
笑える。
まんま、俺だ。
手に入れようと必死に手を伸ばし、その手が届いたと錯覚してる。
愚かだということは、ある意味とても幸せなことなのだと、初めて知った。
月は全てを狂わせる。
血液の微妙な干満。伝わる磁力。
気付かぬうちに、飢えと渇きを呼び起こす。
穏やかな光を身にまとい、何食わぬ顔で周りを魅了し狂気へ誘う。
まるで、お前だ。
男に告げたことがある。
「お前って、月みてぇのな」
俺を狂わせて、楽しいか?
無様に手を伸ばす俺を、嘲笑って見下すのは快感か?
それでも。今日も俺は狂気に身を委ねる。
伸ばす手を取ってくれたと、錯覚に酔いしれる。
俺だけが、狂ってる。
ベッドで微かに男が身じろぐ気配がした。
そちらに目をやれば、男の手が、シーツの上を這っている。
何かを、探す仕草。
夢の中のはずなのに、男の眉間に皺が寄る。
肌寒くなったことへの不満か?
‥‥‥‥それとも、俺が側にいないから―――?
ククッ、と思わず嘲笑う。
狂った自分を、嘲笑う。
俺は、愚かなカメレオン。
錯覚を、信じたくてたまらない。
男の隣に背中から潜り込めば、首筋に嘲笑の息が触れた。
幸せなカメレオン。
その錯覚は愚かだけれど。
強い想いは力を生み。
歌では最後に、その身を金色へと変えさせた。
―――例え、それこそが錯覚でも。
俺もいつかは。
錯覚を現実に出来るだろうか。
―――三蔵Side
夜中にふと、目が覚めた。
自分の手がシーツを彷徨っている。
確かにここにあった筈の、体温が今は無い。
感じる気配。
部屋には居る。こちらへ視線を向けている。
不意に男の喉から漏れた、微かな笑い声。
嘲笑っているのだ。
無意識にお前を探す、俺の無様な姿を。
覚醒半ばの朦朧とした意識の中でも、自分が不機嫌な顔をしているのがわかった。
それでも目は、閉じたまま。
冴えてきた頭で男の気配を探る。
目を瞑っていても、感じるこの光は。
月だ。
いつか、男が言っていた。
「お前って、月みてぇのな」
色が似てるじゃん。理由を問う俺に、男は笑って誤魔化した。
俺は、笑えなかった。
覚えていた。男がずっと前に漏らした言葉を。
「月はあまり好きじゃない」
それはつまり、そういう意味なのだろう。
確かに。
自身では輝く術を持たない月よりも。
男には太陽が似合うと思った。
それが持つのは、灼熱の炎。全てを焼き尽くす、熱い塊。
近付けば、待つのは死。
なのに、止まらない。
光に焦がれ、自ら炎に身を焼く羽虫のように。
近付くのを止められない。
たどり着けると、錯覚する。
歌を、思い出す。
昔、男が鳥の羽を蝋で固めた翼を手に、太陽に向かって飛び立った。
高く、高く。
ひたすらに、太陽を目指して舞い上がる。
だが、太陽の熱で蝋は溶け、男は落下し絶命する。
無謀な男の行動は、「勇気」と名付けられ、歌となった。
ムカつくんだよ。
残念だが、俺は違う。
お前に近付こうとして溶かされた、今までの連中と一緒にするな。
今は、落下を待つ状態。
だが、このままでは終わらない。
男がベッドに戻ってきた。
俺が目覚めているのは、気付いている筈。
なのに、使われてない向こうのベッドに移らないのは。
裸で歩き回って冷えたのか?
俺が哀れと思ったか?
‥‥‥‥それとも、俺の側にいたくて―――?
馬鹿馬鹿しくて、自分で笑えた。
既にたどり着いていると、思いたいらしい。
自分がこんなにめでたい奴だとは知らなかった。
腹立ち紛れに、乱暴に抱き寄せる。
冷えた体。
だが、この中にあるのは灼熱の塊。
―――例え、今は蝋の翼でも。
覚悟しておけ。
お前の熱でも溶けない翼。
誰よりも先に。絶対に手に入れてみせる。
「みんなのうた」完
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