言葉ではなく

「最近、悟浄手ぇ抜いてねぇ?」
「あ?何がだよ」

いつもの運動―――妖怪たちの襲撃を軽くいなして、錫杖に月刃を戻した途端。悟空に問われたのは聞き捨てならない事。

「だーってさ、こいつら見ろよ。縦横十の字に切られてるじゃん?前はさあ、もっとコマ切れにしてただろー?腕が落ちたんじゃねーの」
「バッカだね、お前。細かく刻もうが、大きく割ろうが、要は死にゃあいいんだろーが。効率よく敵をさばいて闘うってのも必要なことなのよ、わかる?小猿ちゃん。まあ、お前みたいにとりあえず前に来た妖怪を殴り殺しとけ、って感じの闘い方してる奴にゃあ、分っかんねーだろーけどよ、この頭脳派悟浄さんの戦法は」
「誰が頭脳派なんだよ!このゴキブリ頭!」
「んだとぉ!事実だろーがよ、この猿頭!」

妖怪の死体の前にしゃがみ込んで、ぎゃんぎゃんと言い争いを始めた二人を呆れる様に見やって、三蔵は少し離れた木に寄りかかり煙草を取り出した。

「相変わらず、賑やかですねぇ」
八戒が、伸びをしながら近付いて来る。頭上で戦闘を見守っていたジープが、八戒の肩に舞い降りてきた。
「けど、確かに最近無駄に多いですよね‥‥数だけは」
悟浄が一匹に時間をかけていられないのも頷ける。とにかく、多くの敵を倒さねばならないのだ。

「まったく、刺客ならもう少し手ごたえのある少数精鋭の方がいいんじゃないですかねぇ」
「どこも、人材不足なんだろ」
「‥‥‥やっぱりそれも、密かに嫌味ですよね?」
「お前との会話は楽でいい」

ふう、とため息をついた八戒は何気なくあたりを見回した。至る所に妖怪の死体が転がっている。銃で撃たれたものあり、殴られて頭部が陥没しているものあり、ほとんど焼け焦げて何だか分からないものあり、二度と組み立てられないように体のパーツがバラバラになっているものあり――――。

「‥‥あれ?」
思わず、声が出てしまった。

「どうした」
「ほら、あそこ――あの妖怪の死体だけ‥‥何か、ものすごい刻まれてません?」

何とはなし、二人はその死体に近付いてみる。確かに、これ以上は無いという程に、その体は細かく刻まれていた。既に元が何だったのかすら、よく分からない有様だ。その隣の妖怪は、やはり悟浄の錫杖で倒されたものだったが、先ほど悟空も言っていた通り、大きく切断されている。

「気まぐれ、でしょうかね」
「‥‥‥」
急に黙り込んでしまった三蔵を、八戒は訝しげに見やった。
「三蔵?」
「いや、何でもない。そろそろ行くぞ」

そう答えると、向こうで未だ不毛な言い争いを続けている二人にハリセンをくらわすために、三蔵は立ち上がった。
 

 

そして、数日が過ぎ――――またしても三蔵一行は妖怪たちに襲われていた。

「なあなあ、このままいったら、俺たちが牛魔王んトコ着く前に、狂った妖怪たち全部死んじゃうんじゃねー?」
「シャレになりませんよ、悟空」
「つーか、本当は俺たちにこいつら殺させるために旅させてんじゃねーの?」
「やめとけ、三仏神にカード止められる」

軽い会話を交わしながらも、サクサクと、それぞれのノルマをこなしていく。はっきり言って、三蔵たちの敵ではない。今日は特に、誰か一人に任せてもいいんじゃないか、という程の手応えの無さだった。
それでもやはり、数だけは多く、悟浄は今日も『大きく分割』路線で戦っている。
何事もなく、全てが片付く筈だった。しかし。

突然、三蔵に、一匹の妖怪が襲い掛かった。三蔵の腕を掴み、経文に手を伸ばす。
その刹那。
妖怪は見るも無残に粉々にちぎれ飛んだ。

悟浄の錫杖が高い金属音をたて、その血も乾かぬ刃を迎え入れる。三蔵はその様子にも顔色ひとつ変えず、何事も無かったかのように、戦闘に戻った。
そして悟浄は、そんな三蔵の後姿を、ただじっと見つめていた。

 

ほどなく、妖怪たちの屍が地面を埋め尽くした。
「終わったな、とっとと行くぞ」
「三蔵」
「ああ?」
「何だよ、さっきのは」

悟浄の問いかけを無視して横をすり抜けようとした三蔵の行く手を遮るように、悟浄は片足を側の木にかけた。

「何の真似だ」
「そりゃこっちの科白だっつーの。お前、わざとあの妖怪近付けたな?」

ポケットに両手を突っ込み、片足を三蔵の前に渡したままの体勢で、悟浄はいつになく真剣な顔で三蔵の目を見据えた。
三蔵が、あそこまで格下の相手を自分に接触させるまで近付けるのは、どう考えても不自然だ。あんな相手でも、一応敵意を持った妖怪なのだ。もし万が一の事があったらどうするつもりなのか。

「‥‥心配すんな、二度としねぇよ。確認は済んだからな」
悟浄の心情を読み取ったのだろう、三蔵は少し声の調子をやわらげた。

「確認?何の」
「さあな」
「って、教えろよ!気になるじゃねーか!」
「自分で、考えてみるんだな。オラ、その足どけろ」

無理やり自分の前を塞いでいた悟浄の足を外させると、三蔵はスタスタとジープの置いてある方向へ歩み去った。

「自分でって‥‥俺に関係してんのかよ?」
全く心当たりのない悟浄は、ただ首をひねるばかりだった。
 

 

「おそーい!馬鹿河童!なーにグズグズしてんだよ!」
向こうから、悟空が駆けて来る。その後には、八戒の姿もあった。
なかなか戻ってこない悟浄を心配して、様子を見に来たのだろう。
普段なら、悟空の言葉にすぐさま反応し、喧嘩という名のコミュニケーションに発展するはずなのに。悟浄は何かを考え込んでいるらしく、悟空の言葉にも無反応だった。

「悟浄?」
その様子を不信に思った八戒が、悟浄の顔を覗き込む。
「あ?何?ワリ、聞いてなかった」
「どーしたんだよ、悟浄!ぼーっとしちゃってさぁ。あーもー、二人とも、どうしたっていうんだよぉ!」

二人、という言葉に悟浄は思わず顔をあげた。
そう言えば、三蔵はどうしたのだろう。三蔵一人を置いて、二人ともこちらに来るなんて。何かあったのだろうか?

「三蔵は?あいつがどうかしたのか?」
「それがですね‥‥」
勢い込んで尋ねる悟浄に、八戒が言い淀む。

「異様に、機嫌がいいんだよ、三蔵」
「はぁ??」

言われた事がとっさに理解できず、悟浄は素っ頓狂な声を上げた。

「何だか分かんねーんだけど、とにかく機嫌いいの!」
「僕たちは、てっきり貴方と《いい事》でもあったのかと思ってたんですけど‥‥その様子じゃあ、違うみたいですね」
「あんま怖いからさ、二人して逃げてきた」

悟空と八戒の口々の説明に、悟浄はますます混乱する頭に手を当てるしかなかった。

その後、二人に詰め寄られて、悟浄は事の顛末の一部始終を話すハメになった。
「まったく、あのクソ坊主。確認とか言ってよ。一体何考えてやがるんだか」
「そんなに危険ではなかったんでしょう?」
「ああ、まあそれはそうだけど。俺も、すぐ気付いて殺っちまったし」
「それで、この死体、ですか」
それは、細かく細かく、見事なまでに細かく分断された肉塊。そう、数日前の、あの死体と同じように。
 

――――成る程、そういう事ですか
 

「なーんか、僕、分かっちゃいましたv」
「マジかよ?で、どういう事なワケ?」
「八戒!俺も知りたい!教えて教えて!」
「いいですよ、悟空には、後で話してあげますね‥‥‥悟浄のいない所で」

無情とも言える八戒の言葉に、悟浄は目をむいて抗議する。

「何で猿は良くて俺は駄目なんだ!?八戒!お前それでもダチか?」
「それを言うなら三蔵はダチ以上じゃないんですか?本人に教えて貰う事ですね。ああ、でもひとつだけ。僕が忠告できることがあります」
「な、何だよ」
「今夜は、覚悟しといたほうがいいですよ」
「な」

あっけに取られる悟浄を置いて、さ、行きましょうか、と八戒は悟空を伴い、もと来た方向へと歩いていく。残された悟浄は、呆然と立ち尽くしていた。
「何なんだよ、一体‥‥」
悲しいかな、その呟きに答えるものは、誰もいなかった。
 

 

一人ジープの座席で煙草を咥えていた三蔵は、数日前の妖怪の襲撃を思い出していた。
雑魚ばかりではあったが、今日よりはマシな相手だったろうか。
そして戦闘中、自分のほんの不注意で、その中の一匹に体当たりを食らってしまったのだが、勿論、すぐさま振りほどき、銃弾を打ち込んだ。
倒れるところは見ていない。さらに後ろから別の妖怪が接近していたからだ。すぐにそいつとの戦闘に突入する。後ろから肉を切る音がしていたから、悟浄の錫杖がとどめをさしたのだという事は分かったが、深くは考えていなかった。あの死体を見るまでは。

それは、判別が難しいほどに切り刻まれてはいたが、首の後ろに妖怪である事を示す特徴的な痣があった。体当たりされた時に見たものと、同じ。
あの死体は、原型を留めていなかった。

そして、今日も。山のような数の妖怪の中で、たった一匹、微塵に刻まれた者がいた。
 

―――俺に触れた相手だから、だ
 

さっき、確信したばかりの事実が、三蔵の気分を高揚させていた。思わず、口元が緩む。
恐らく、本人にとっては無意識の行動に違いないが、それが悟浄の自分に対する気持ちを、何より雄弁に物語っていた。
 

「今夜は加減してやれそうにねぇな」
 

今頃、解けない問題に頭を抱えているだろう紅い髪の男の姿を思い浮かべ、三蔵はどうしても浮かんでくる笑みを、必死でかみ殺した。
 

 

「言葉ではなく」完