言葉ではなく
「最近、悟浄手ぇ抜いてねぇ?」 いつもの運動―――妖怪たちの襲撃を軽くいなして、錫杖に月刃を戻した途端。悟空に問われたのは聞き捨てならない事。 「だーってさ、こいつら見ろよ。縦横十の字に切られてるじゃん?前はさあ、もっとコマ切れにしてただろー?腕が落ちたんじゃねーの」 妖怪の死体の前にしゃがみ込んで、ぎゃんぎゃんと言い争いを始めた二人を呆れる様に見やって、三蔵は少し離れた木に寄りかかり煙草を取り出した。 「相変わらず、賑やかですねぇ」 「まったく、刺客ならもう少し手ごたえのある少数精鋭の方がいいんじゃないですかねぇ」 ふう、とため息をついた八戒は何気なくあたりを見回した。至る所に妖怪の死体が転がっている。銃で撃たれたものあり、殴られて頭部が陥没しているものあり、ほとんど焼け焦げて何だか分からないものあり、二度と組み立てられないように体のパーツがバラバラになっているものあり――――。 「‥‥あれ?」 「どうした」 何とはなし、二人はその死体に近付いてみる。確かに、これ以上は無いという程に、その体は細かく刻まれていた。既に元が何だったのかすら、よく分からない有様だ。その隣の妖怪は、やはり悟浄の錫杖で倒されたものだったが、先ほど悟空も言っていた通り、大きく切断されている。 「気まぐれ、でしょうかね」 そう答えると、向こうで未だ不毛な言い争いを続けている二人にハリセンをくらわすために、三蔵は立ち上がった。
そして、数日が過ぎ――――またしても三蔵一行は妖怪たちに襲われていた。 「なあなあ、このままいったら、俺たちが牛魔王んトコ着く前に、狂った妖怪たち全部死んじゃうんじゃねー?」 軽い会話を交わしながらも、サクサクと、それぞれのノルマをこなしていく。はっきり言って、三蔵たちの敵ではない。今日は特に、誰か一人に任せてもいいんじゃないか、という程の手応えの無さだった。 突然、三蔵に、一匹の妖怪が襲い掛かった。三蔵の腕を掴み、経文に手を伸ばす。 悟浄の錫杖が高い金属音をたて、その血も乾かぬ刃を迎え入れる。三蔵はその様子にも顔色ひとつ変えず、何事も無かったかのように、戦闘に戻った。
ほどなく、妖怪たちの屍が地面を埋め尽くした。 悟浄の問いかけを無視して横をすり抜けようとした三蔵の行く手を遮るように、悟浄は片足を側の木にかけた。 「何の真似だ」 ポケットに両手を突っ込み、片足を三蔵の前に渡したままの体勢で、悟浄はいつになく真剣な顔で三蔵の目を見据えた。 「‥‥心配すんな、二度としねぇよ。確認は済んだからな」 「確認?何の」 無理やり自分の前を塞いでいた悟浄の足を外させると、三蔵はスタスタとジープの置いてある方向へ歩み去った。 「自分でって‥‥俺に関係してんのかよ?」
「おそーい!馬鹿河童!なーにグズグズしてんだよ!」 「悟浄?」 二人、という言葉に悟浄は思わず顔をあげた。 「三蔵は?あいつがどうかしたのか?」 「異様に、機嫌がいいんだよ、三蔵」 言われた事がとっさに理解できず、悟浄は素っ頓狂な声を上げた。 「何だか分かんねーんだけど、とにかく機嫌いいの!」 悟空と八戒の口々の説明に、悟浄はますます混乱する頭に手を当てるしかなかった。 その後、二人に詰め寄られて、悟浄は事の顛末の一部始終を話すハメになった。 ――――成る程、そういう事ですか 「なーんか、僕、分かっちゃいましたv」 無情とも言える八戒の言葉に、悟浄は目をむいて抗議する。 「何で猿は良くて俺は駄目なんだ!?八戒!お前それでもダチか?」 あっけに取られる悟浄を置いて、さ、行きましょうか、と八戒は悟空を伴い、もと来た方向へと歩いていく。残された悟浄は、呆然と立ち尽くしていた。
一人ジープの座席で煙草を咥えていた三蔵は、数日前の妖怪の襲撃を思い出していた。 それは、判別が難しいほどに切り刻まれてはいたが、首の後ろに妖怪である事を示す特徴的な痣があった。体当たりされた時に見たものと、同じ。 そして、今日も。山のような数の妖怪の中で、たった一匹、微塵に刻まれた者がいた。 ―――俺に触れた相手だから、だ さっき、確信したばかりの事実が、三蔵の気分を高揚させていた。思わず、口元が緩む。 「今夜は加減してやれそうにねぇな」 今頃、解けない問題に頭を抱えているだろう紅い髪の男の姿を思い浮かべ、三蔵はどうしても浮かんでくる笑みを、必死でかみ殺した。
「言葉ではなく」完 |
一人機嫌のいい三蔵様。八戒兄さんと悟空は、さぞ怖かった事でしょう。
実は、リク頂いたとき甘々と殺伐の、二つのシチュエーションが候補にあがったんですけど、
迷わず、こっち(殺伐)を選んでしまいました。
こんなので、いかがでしょうか。アカムラサキ様vに捧げます。