鬱蒼とした森の中、飛び交う罵声と時折混じる銃声が、本来の森の静寂をぶち壊している。
「またやってるよ。よく飽きないよな、あの二人」
「放っておきなさいね悟空。何とかは犬も食わないって言いますから」
「え、何?犬が食わないんだったら俺が食う!何、何処にあんの?」
「‥‥‥悟空‥‥」
野宿に備え、食事の支度をしている八戒と悟空。相変わらずの悟空のボケに、どうツッコミを入れてあげようか、と八戒が考えを巡らしている。
そして、残された二人――三蔵と悟浄は、少し離れたところで喧嘩の真っ最中だった。
「お前はそーゆー奴だよ!最初っから分かってたんだよ、俺は」
「貴様こそ、いつまで経ってもその厚かましい性格は直らんらしいな!」
食事が始まっても、二人の口論は一向に止む気配がない。
「ふたりとも、いい加減にして下さい。食事中ですよ」
自らの静かな食事の時間を邪魔されている八戒が、たまりかねて制止する。そこへ、今まで黙々と食事を口に運んでいた悟空が口を挟んだ。
「なあなあ、最初からそんなに気に食わなかったのに、なんでお互い好きになったの?」
「「う」」
二人が同時に硬直する。さらに八戒が追い討ちをかけた。
「気に入らなかったって事は無いんじゃないですか?少なくとも悟浄は初めて会った時から好きでしたよ、三蔵のこと。ね?」
「ね?じゃねーよ!八戒、お前嘘付くな!誰がこんな凶暴な生臭坊主の事なんか‥‥!」
「あぁ!?誰が凶暴だってんだよ、てめぇが言うんじゃねぇ!」
「口を挟んで申し訳ないですけど、三蔵は発砲してたじゃないですか、悟浄に。ろくに話し合いもしないで」
「そーそー!そーだろ!いきなり訪ねてきていきなり殴って銃ブチかましてさ、フツーじゃねぇって!俺はてっきり坊主の扮装したマフィアだと思ったぜ!」
「てめぇが嘘付くからじゃねぇか!」
「でも、三蔵も嘘付いたじゃん。八戒が死んだって、悟浄を騙してたんだろー?」
「てめぇは黙ってろ、馬鹿猿」
横から口を挟む悟空に、三蔵は鋭い一瞥をくれた。
「あ、横暴ですよ三蔵。言論の自由は守られるべきです」
「ホレ見ろ〜!みんな、分かってくれると思ってたぜ、俺は」
「それでも好きになったんだ、三蔵のこと。悟浄ってばもしかしてM?」
「だから、ちーがーうーって!俺はこいつのことなんか、全然‥‥」
「毎日、ため息ついてはボーっと窓の外眺めてましたよねぇ」
「うわ!そうなの?悟浄ってば案外乙女なんだっ!」
「乙女言うなっ!八戒!お前俺に何の恨みがあって‥‥!」
「あはははは。すみません。ちょっと思い出したんですよ、僕が悟浄と初めて会った時のこと」
その出会いは、決して楽しい雰囲気の中であったものではなかったけれど。今はこうやって自分からその時の話題を振る事が出来るまでになった。
「悟浄に拾われた時のことはよく覚えていませんが、部屋で目を覚ました時には『大変な人に拾われちゃったなあ』って」
『拾われた時のことは覚えていない』という言葉も真実ではなかったが、誰もその点に触れない事を八戒は心の中で感謝した。何事も無いかのように、悟空の無邪気な声が問いかけてくる。
「え?何で?」
「大怪我して1週間眠り続けていた僕に、いきなり濃いコーヒー入れてくれましたよねぇ?いやあ、あの味は忘れられませんよ。まったく、弱りきった空っぽの胃に染み渡る美味しさでしたからv」
すーっと、悟浄の顔から血の気が引く。
「‥‥あ、あれは‥‥刺激を与えた方が、すっきり目が覚めるかなーって‥‥」
「その後一緒に暮らしてみれば、意外と常識人なんでビックリしましたけどね。まあ、悪意が無かったみたいなんで、勘弁してあげようかなと」
「今現在、勘弁してねーじゃんか、八戒‥‥」
悟浄のささやかな抗議を完全に無視して八戒は嬉々として質問を続けている。
「それで、三蔵はどうなんです?いつから悟浄の事が?」
「知らん」
「いいじゃないですか、隠さなくても。悟浄はちゃんと最初っからって言ってるのに」
「‥‥言ってねーって」
悟浄の小声の抗議は、再び完全に無視された。
「別に隠してねぇ。いつからなんて知らねーよ、自覚した時にはちゃんと言っただろうが」
というより、告白してから自覚したという方が正しいのだが。
「そう言えば、そうでしたか」
「じゃあさ、三蔵は悟浄に初めて会った時、どう思ったわけ?」
悟空の問いかけに悟浄はぴくっと反応した。コレは是非聞いておきたいところだ、へこたれている場合ではない。
「‥‥そうだな‥とりあえず、馬鹿だと思ったな。関わりの無い犯罪者を匿って自分を危険にさらす馬鹿。下らん理由で鬱陶しい髪型にしている馬鹿。あとは‥‥」
「もう、いい‥‥」
期待した自分はやはり馬鹿なのだと、悟浄はがくりと肩を落とす。その隣で、悟空はひとり感心したように頷いていた。
「三蔵って、馬鹿好きなんだ‥‥」
「誰がだ!殺すぞ!」
「あはは、人には色々あるんですよ。最初の印象が最悪だと、後は良くなるしかない‥‥というのもあるんじゃないですか?ねえ、悟浄?」
「‥‥ごめんなさい、コーヒーの件は俺が悪かったから、もう許してくれ‥‥」
「落ち込むなよ、悟浄!俺はお前のこといい奴だと思ったぜ?あん時、俺が『おかわり!』って言ったら、ぶつぶつ言いながらもちゃんと次を出してくれたじゃん!あれ、美味かったぜー!大好き、俺!」
「‥‥それって食いモンくれる奴は皆いい奴だっていう風に聞こえるぜ?」
「そう言ってるんでしょう」
「付け加えると、最後の『好き』はお前じゃなくて食い物のことだな」
「‥‥‥」
もう声すら出ない悟浄は放っておいて、話は次へと進んでいく。
「でもさぁ俺、最初に会った時の印象って、今でもあんま変わんないけどなぁ」
「お前は本能と直感で生きてるからだろ、猿」
「あ、ひでーの、三蔵!けど楽しかったよなあ、あん時さ。八戒てばすんげー強いんだもん、ワクワクしちゃったぜ、俺」
「楽しかったのは、お前だけだろ」
「よく楽しかったとか言えるよな。お前八戒に銃突きつけられたりしてなかったっけ?まあ、誰かさんに撃たれた俺よかマシだけど」
何とか復活した悟浄が会話に加わる。懲りもせず反撃の機会をうかがうつもりらしい。
「けど三蔵は、最初は僕には良くしてくれましたよ?おかげで、何ていい人なんだろうって」
「いい人‥‥三蔵が‥‥」
「何か言いたそうだな馬鹿河童。‥‥別にそんなんじゃねぇよ。復讐のために相手一族皆殺しなんていう徹底したキレぶりが嫌いじゃなかっただけだ。どっかの馬鹿みたいに、妙にヒネてもなかったしな」
「ちょっと、それって俺のこと」
「そう思うんなら、そうなんだろ」
「んなこと言う!大体八戒だって、サワヤカな笑顔でいかにも善良そうな雰囲気だったのに、実は滅茶苦茶根に持つタイプの腹黒兄ちゃんだったじゃねぇか!」
「それはお前が見抜けないのが悪い。俺は大体分かっていた」
「あ、俺も。いい奴っぽいけど、ちょっと怖いなーって」
「‥‥騙されたのは俺だけかよ」
言ってしまってから「あ」と口をつぐんだが、時既に遅し。
「ひどいなぁ〜悟浄。腹黒だなんて。ははは」
背後でブリザードのような冷気を発しながら、八戒が笑っている。八戒を除く全員が『しまった』と顔面蒼白になっていた。
「皆さんのお気持ちは良く分かりました‥‥覚えておきます。特に悟空。僕が怖いってどういう意味ですか?聞き捨てなりませんね」
『『気の毒に‥‥』』
三蔵と悟浄は、悟空に同情を寄せた。悟空のことを憎からず想う八戒には、悟空に「怖い」と言われた事が大ショックだったようだ。平静を装っていたが、内心かなりキてるな、と悟浄は背筋が凍る思いだったが、その対象が自分から悟空に移った事に思わず感謝してしまったのだった。
「え?う、う、うーんとね、でっでも、今は怖くなんか無いよ!悟浄のナンパしてる所を見てる三蔵に比べたら、全然怖くないって!」
「何だか素直に喜べませんねぇ」
「何で俺を引き合いに出すんだ!」
「あ、三ちゃん照れてる?」
「照れてねぇ!元はと言えばお前がフラフラしてるせいだろうが!」
再び終わりの無い口論に突入しそうな雰囲気を壊したのは、ワザとなのかどうなのかは不明だが―――やはり悟空の言葉だった。
「ねーねー、俺は?俺はどうだった?どう思った?」
「犬かと思ったら、猿だった」
「小学生かと思ったら、違ってた」
「‥‥」
「二人ともそんな‥‥。僕は最初っから悟空はいい子だって分かってましたよ」
「いい子‥‥」
八戒に密かな想いを寄せる悟空にとって、「いい子」という形容は決してほめ言葉ではない。
真っ白に風化している悟空をやはり気の毒そうに眺めながら、三蔵と悟浄は小声で言葉を交わした。
(この二人がまとまることは一生無いんじゃねぇか?)
(それ言っちゃお終いだって三蔵‥‥)
そうして、三蔵一行の平和な1日は過ぎ行くのだった。
「日常的会話」完
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