月の夜

By 凛様

「なあ、三蔵。」
「なんだ。」
「………なんでもない。」
 

静かな宿の一室。窓からは見事な月が薄暗い部屋をてらしていた。
しばらくぶりの宿で、それに幸いにも一人部屋がとれて、それぞれは得意の夜更かしもそこそこに疲れきった身体をひきずって各自の部屋にもどっていた。
そんな中、なぜか悟浄は三蔵の部屋にいた。
明かりもつけず、月明かりだけが部屋を照らす中
二人ともなにをするのでもなく、その場にただいるだけというかんじだった。
音もなく、部屋に二つの白煙があがる。
 

「………さ、」
「言いたいことがあるなら言え。」
何度となく繰り返されていた会話を終わらしたのは三蔵だった。
いきなりの今までと違う応答に一瞬、かすかに紅い瞳が揺れる。
「………いやさ、なんかこのごろ三ちゃんの顔よく見てなかったなーって思って。」
ほら、忙しかったし。とお得意の笑顔でちゃらけて言う。
でも、この顔で笑う時はなにかを隠している時の、表面だけの笑顔というのを三蔵はわかっていた。
「それだけ、じゃねーだろ。」
「………。」
悟浄もだましきれるとも思ってもいなかったらしく、座っていた椅子の背に顔をふせる。
 

部屋を照らすのは月光だけ・・・。
 

なかなか答えない悟浄をしばらくみていたが、いままで咥えていた煙草を机のうえの灰皿でもみ消すと、ベッドから腰をあげ、悟浄の方に足を進めていく。
それにきづいた悟浄は、ふせていた顔をあげると目の前には黄金が揺れて、眼を奪われる。
「さん……。」
いきなり降ってくるキスに驚いたが、そっと眼をとじるといつもの深いキスとはうってかわって、ふれて、すぐに離れていく軽い物。そのかわり眼を開けると鋭い紫の瞳がじっと悟浄を捕らえる。
 

「言え。」
何にも穢れることの無い瞳で、真直ぐに見据えられてはもうなんのごまかしも聞かない。
ふう、とため息に似た吐息をはいた。

「俺らっていつ死ぬのかなー……って。」

流石の三蔵もいきなりそんなことを言い出した悟浄を、見つめる。
「だって、こんな旅してるし。いつ死んでもおかしくないし。…片方だけ死ぬかも………だし?」
言い終わって目をそむける。
「……、が死んだら俺どーなるのかなーってさ。」
暗がりでよく見えなかったが、微かな月明かりでみえた悟浄の顔は普段見せないようなもので。
それを見て三蔵は無理やり頭を引き寄せ、再び唇をあわせる。さっきのものとは比べ物にならないほど激しく、口内を犯していく。
「ん……ふ、はっ………。」
いきなりの三蔵の行動にされるがままになっていた悟浄が苦しく喘ぐ声を聞いて、名残おしく唇をはなし、耳元に顔を持っていく。
「………死なねぇよ。」
「さ、んぞ?」
「もし、死んでもてめえの好きにしろ。」
 

だから今はそんなこと考えるな・・・―――
 

三蔵からそんな言葉を聞くなんて思いもよらなくて、でも三蔵らしい言葉で。呆然としていた悟浄の顔が紅くなっていく。
そんな自分の変化の気づき、恥ずかしくて手を伸ばして三蔵の肩に顔をうずめる。
「………マジで好きにしちゃうよ?」
「いいっつてんだろ。」
にやにやしていた悟浄だったが、ふと気が付いてうずめていた顔を上げる。
「もしさ、俺が先に死んだら?」
「安心しろ。死んでもお前を先になんて死なせねえよ。」
何のためらいも無い強い瞳で答え、悟浄の髪を梳きまた抱きしめなおす。
 

「それは、ありがてぇな・・・。」
 

あとは、月明かりの中、2人はベッドに沈んでいった・・・。