その日の夕暮れ時の空は、目に痛いほど綺麗な赤に染まっていた。
『The sky deyed red by sunset』
ジープの助手席で、いくら目を瞑り眠りにつこうと努力しても、一向に眠くなる気配もない。
夕方から感じている苛立ちを我慢するのもいい加減に限界だった。
俺は盛大な舌打ちをして、一人ジープを離れた。少し遠くにある小川へと足を運ぶ。
冷たい水で顔を洗うと、ほんの少しだが気が紛れた。
川沿いに聳え立つ、一際大きい木の根元に腰をおろし、その幹に体を預けて煙草に火をつける。
立ち上る紫煙をぼんやり眺めつつ、考えるのは今此処には居ない紅を纏う男の事。
今日は野宿だとわかっていたから、日が落ちる前にちょうど良い野営地を見つけていつも通りに八戒が夕食の支度に取り掛かった。
それを悟空と騒ぎつつ手伝っている時に、ふと空を見て涙を堪えるように顔をしかめた悟浄を俺は見逃さなかった。
奴が何の理由であんな顔をしたのか容易に想像がつく。
夕焼けで真っ赤に染まった空を見て泣き出しそうな表情を見せるなど、おおかた義母に関する事だと見て間違いない。
だが奴は何も言わず、何も気取らせないように日常に戻る。それはいつもの事だ。
だからこそ余計に腹立たしい。
俺たちの関係が悪友から恋人と言うポジションに変わっても、悟浄は辛いや、悲しいと言う感情をあまり見せようとはしない。
たまに見せるとしても、いつものふざけた態度で近寄ってくるだけで、俺は奴の助けを求めるサインと、普段との違いに気付くまでにいつも少し時間がかかってしまう。
だからその内に感情を溜め込まないで言って欲しい。
別に全部とは言わないが、少しは俺の前にさらけ出せ。
辛いなら辛いと、悲しいなら悲しいと言え。
そう思うのは俺の我儘なのか、悟浄。
いつもなら美味いと感じるマルボロを苦く感じ、煙草を幹に押し付けて揉み消した。
その時ふと近付いて来る良く知った気配に、一瞬この場を離れようかと真剣に悩む。
俺の考えていることなど何も知らない奴を、俺の身勝手な感情で傷つけずにこの場をおさめられるか全くと言って良いほど自身がねェ。
「ナニしてんの?こんなとこで」
この場から離れても追ってくるだけだと残ることを選択したが、能天気な笑顔で現れた悟浄に苛立ちがつのる。
答えずにいれば、悟浄は小さくため息を吐いて俺の隣に座った。
「夕方から変だよ三ちゃん。ナニそんなに苛ついてんの?」
お前のせいだ。お前の。
「・・・なあ、これでも俺心配してんのよ?そんなに俺には言えない事?」
「黙れ」
俺の言葉に奴が言葉をなくしたのが気配でわかったが、もうとめられねェ。
よりによってテメエがそれを言うのか!?
言わないのはテメエの方だろうが!!
「その言葉そっくりそのままテメエに返す」
言葉とともに悟浄を地面に押し倒した。
俺を見上げる奴の紅の瞳は戸惑いに揺れている。
「テメエが泣きそうになるのを堪えなきゃならん理由は俺には言えない事なのか?
はっきり言ってテメエがそういう事を俺に何も言わないのが気に食わねェんだよ!たまには俺に頼れ。甘えろ。何の為に傍にいると思ってんだテメエは!!」
言いたいことを言いきった俺を、目を大きく見開いて呆然と見上げていた悟浄だったが、しばらくしてふわりと綺麗に微笑んでクスクスと笑い出した。
○●○ ●○● ○●○
三蔵が怒り狂うだろうなとわかっていても、俺は笑いを止めることが出来なかった。
「何笑ってんだ、テメエは!!」
「だって、オマエ全然わかってねェんだもん」
ホント全然わかってねェな、こいつ。
俺が辛いとか悲しいとか言う前に、そういう時はオマエがいつも傍にいてくれてるじゃねェか。
大抵の事はそれだけで癒されてんだぜ。
まさか無意識にやってたんじゃねェだろうな。
俺はそんな三蔵の優しさに甘えきってんのに。
そういうと驚いた顔をしたから、きっと無意識だったんだろうな。
体を起こして俺から顔をそむけるも、この暗さでもわかる耳の赤さで照れていることはバレバレで・・・。
三ちゃん、かわいいv
口に出したら銃弾が必ず飛んでくるだろう言葉を心の中で呟いた。
もう少し照れている三蔵の顔が見たくて、覗き込もうとしたらぐいっと腕を引かれて、気付けば三蔵の足の間にいた。
後ろから抱きしめられたのはきっと顔を見られないようにする為なんだろうけど・・・。
いくらなんでもさ、このカッコはちょっと恥かしい。
身を捩ってこのカッコから逃げようとしたけど三蔵は離してくれる様子もなく、ただ拘束する腕の力を強めるので、諦めて体の力を抜いた。
「なあ、たまには言葉で言うからさ、三蔵も言って?」
俺たちは今日みたいなすれ違いをなくす為にも、少しは言葉にした方が良いんだろう。
だけど俺だけってのはヤダから三蔵も言えよ。
お前こそたまには俺に頼って欲しい。
甘えて欲しい。
一人で真っ直ぐ歩いていける奴だってわかってるけど、疲れる時だってあるだろ?
「ああ。・・・・・それじゃあ早速話してもらおうか。夕方、何を考えていた?」
えーっと、別に辛い事じゃなかったんだけど言わなくちゃダメ?
・・・・・・ダメなのね。
そっとお伺いを立てるように見た紫の瞳が鋭く細められて、俺は誤魔化す事を諦めた。
ものすごっく気が乗らない。言葉にすんのは恥ずかしすぎんだよ。
それでも三蔵が無言で促してきたので、しぶしぶと俺は話し出した。
「子供の頃、兄貴が家にいないときはよく町外れの丘の上で一日を過ごしてた」
夕方になると俺は家に帰る。
兄貴が心配するから、暗くなる前に家にたどり着かなきゃならなかったから。
だけど俺は夕方の街が嫌いだった。
母親が遊んでる自分の子供を迎えに来る光景や、道々の家から漂ってくる夕飯の匂いと、楽しそうな笑い声。
俺の髪や目の色を彷彿とさせる夕日の色に染まったそれは、俺が望んでも与えられないものばかりで、いつも走って帰ってた。
「だけど今日、夕焼けで真っ赤に染まった空見てさ、ふと気付いたんだ。今、あの頃望んだ暖かさとか優しさとか、全部持ってること」
今の俺には八戒がいて、悟空がいて……オマエがいて。
幸せだと思ったんだ。
「幸せすぎて泣きたくなったんだ」
そう言って赤くなりながらも身を捩って三蔵を見ると、今まで見た事がない綺麗な笑顔をしていた。
レア中のレアな顔にほけーと見惚れていると、その顔が近づいてきて唇を奪われる。
触れるだけのキスじゃ物足りなくて、離れてく唇を追いかけて深く口づける。
戯れるように舌を絡めあってから名残惜しげに音を立てて唇を離せば、驚きつつも嬉しそうな顔をした三蔵がいた。
あれ?
そー言えば俺からするのって初めてだったりする?
よくよく考えてみれば三蔵にキスを強請った事はあっても、俺からってのは初めてなことに気付いた。
俺達、付き合いはじめてから結構たってんのにな。
ごめん、三蔵。
「ねェ、シよ?」
「……お前外は嫌だったんじゃねェのか?」
「今日はそー言う気分なの」
お前のそんな顔が見えるんならここが外だって事も、明日食らうだろう八戒の小言も、どーだっていい。
お前の不機嫌の原因も勘違いだったとは言え俺だったし、お詫びも兼ねて貰ってやって。
「仕方ねェな」
言葉では渋っていても、態度と表情が完全にそれを裏切っている三蔵の首に腕を回して、もう一度俺からキスをした。
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