By 店主様
空を見上げたのは。 |
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空 目が覚めると、陽はもう高く昇っていた。 カ−テンの隙間から差し込んで来る光が、今日も晴天だということを教えてくれる。 晴天。 空も青いだろう。 寝癖のついた髪をかきあげながら起きあがると、悟浄は部屋の向こうの誰かの気配に目を細めた。 自分とは違って、とっくに起きている八戒が、朝食の支度をしているようだ。 時折、ジープの鳴き声と、八戒の小さな笑い声が届く。 我知らずに、柔らかな目になっているであろうことに気付いて、悟浄は意味も無く咳をしていた。 「悟浄?」 咳に気付いたのだろう、八戒の声がする。 「ん〜?」 「起きたんですか? でしたら朝食にしましょう。」 「ん。」 のっそりとベッドから這い出して、大きくのびをすると、悟浄は部屋を後にした。 いつものように食卓につくと、当たり前のようにジープがテーブルに舞い降り、籠に盛ってあった果物をかじり始める。 「・・・おいおい。」 ひょいとジープを摘み上げると、小さく抗議の声をあげた。 「悟浄?」 「これのしつけ、なってないぞ。」 「はい? あぁ。」 摘み上げていたジープを受け取り、八戒が苦笑する。 「ここの籠に入っている果物を上げるものだから、この籠に入っているのは自分のものだと思っているらしくて・・・」 「・・・餌入れだと思ってるのかね?」 「さあ。」 ジープをテーブルにのせて八戒がサラダを取り分けてやるのを、悟浄はぼんやりと見る。 「そうだ。悟浄。」 「あん?」 「昼から三蔵と悟空が来るんですよ。それで、ちょっとだけ遠出しませんか?」 「何、男4人でピクニック?」 「悟空がやりたがっているんですよ・・・外で食べる御飯は美味しそうだからって。」 「あいつの場合、どこで食っても美味いって言いそうだけど・・・・」 悟浄の言葉に、八戒があははと声を上げて笑った。 雲一つない、晴天だった。 遠くで悟空の歓声が聞こえてくる。 川があったと先ほど言っていたから、水遊びでもしているのだろう。 その悟空の声に、八戒の笑い声とジープの鳴き声が重なる。 結局、午後から4人でちょっと離れた草原まで「ピクニック」ということになった。 悟空ははしゃぎまわったが、三蔵の眉間には大きな皺が刻まれ。 けれど、「偶にはいいだろう。」の悟浄の言葉で、4人で出かけることにしたのだ。 悟浄が草の上に敷かれたシートの上で身体を伸ばして、ごろりと横向きに姿勢を変えた。 すると、同じように横になっている三蔵が目に入た。 日の光を燦燦と受けて、輝きを増した金の髪。目に痛いほど白い法衣。 「・・・・三蔵?」 「・・・・なんだ。」 「・・・・起きてる?」 「・・・・寝てる。」 「・・・・ひねくれもの。」 呟くと、悟浄は身体を起こして胡座をかき、煙草を取り出して咥え火をつけた。 白い煙が立ち昇って行くのを目で辿り、少しづつ空を見上げて行く。 晴れた空。 青い空。 鮮やかで目に痛いくらいだ。 「おい。」 低い声で呼びかけられ、悟浄が空から隣に視線を移すと、いつのまにか起きあがっていた三蔵が煙草を咥えて顎をしゃくってみせた。 火を差し出してやると、煙草に火をつけて大きく吸い込み、煙を吐き出した。 「何見てやがる。」 「空。」 「は?」 「だから、空だって。」 「・・・酔狂なことだな。」 「そっか・・・? そうだな。」 そう呟くと、悟浄は再び空を見上げた。 空を綺麗だと思えるようになったのは、最近だ。 子供の頃は、明るい空は明るい空気は苦手で、早く日が落ちてくれればいいと思っていた。 自分は居てはいけない子供で、人間だったから、早く暗闇にまぎれてしまいたかったから。 一人になってからは、空を見上げる時はいつも何かを耐えていた。 空腹を、怒りを、惨めさを、哀しみを。 生きていることを。 空を見上げて、歯を食いしばって、泣くことを必死に堪えて。 だから、空を綺麗だなんて思ったこともなかった。 それなのに。 空を見て、自然に綺麗だと思ったのは、いつだっただろう。 「・・・おい。」 どこか焦れたような響きを含んで、三蔵が声をかけた。 「あ?」 ゆるりと視線をそちらに向けると、眉間に皺を寄せた三蔵が自分を見ている。 「何を見てる?」 「だから、空だって。」 「・・・面白いのか?」 「面白いっていうか・・・・」 なぜか、素直に「綺麗」だと言うことが出来ずに、悟浄は口篭もる。 そんな悟浄の様子を一瞥して、三蔵もおもむろに空を見上げた。 眩しいのか、若干眉を寄せ、目を細めて。 「よく晴れてるな。」 「そうだな。」 「・・・綺麗なもんだ。」 思わず三蔵の横顔を見つめた。 三蔵は、そんな悟浄の様子に気付かないで、ただ空を見ている。 金の髪が光り、白い面が映え渡る。 「・・・あぁ、綺麗だ。」 きっと、今の自分の顔は締まりがないだろうなと、そう思いながらも悟浄は小さく笑う。 遠くから悟空と八戒の笑い声。 そうだった。 初めて空を綺麗だと思ったのは。 こんな風に、自分の傍にお前等がいて笑ってくれた時だった。 でも。 なぁ、三蔵。 心の中で呟いて、悟浄は再び空を見上げた。 あんたと一緒に見る空が一番綺麗だと言ったら。 あんたは、どんな顔するかな。 end |