例えば。
全然悩みなんざないってフリをしてみても、実際にはそんなわけも無くて。
今現在の最大の悩み。
『いかにして虫退治をするか』
「三蔵〜♪」
悟浄はいつものように相部屋になった三蔵の名前を呼んで、椅子に座って新聞を読んでいる三蔵に近寄る。
「なんだ・・・?」
「スッゲ綺麗な桜咲いてるトコあったからさ、行ってみねぇ?」
町についた時に見かけた満開の桜。三蔵と行きたくて少し悪いと思いながらも他の二人には内緒にしておいたその場所。
「桜・・・か」
小さくつぶやいて少しの思案。淡い桜のピンク色には悟浄の紅が似合うかもしれない・・・と『らしくない』考えに行き着いて歪んだ笑いが漏れる。
その考えに、悪くないと思っている自分に気付いてよりその笑みを深くする。
「三蔵・・・?」
そんな三蔵に不思議蔵に問い掛ける悟浄にいつもの自分で返す。
「・・・行くんだろ?」
「!おう♪」
その場所へ歩いていく最中に、たわいない会話をしながら横を歩く三蔵を見る。
(相変わらずキレーな顔してやんの・・・)
叶うはずがなうと思った―――・・・思っていた。
だって、手を伸ばすことさえ許されないと思っていたから。
そんな自分に手を・・・伸ばしてくれたのは三蔵だったから。
叶うはずのない思いを実現してくれたのは三蔵だったから。もうずっと前から何より大切なのは三蔵になってて。だから、三蔵に害を成すものを許せるはずなんてない。
「あ、あそこ」
悟浄の指差した先には満開の桜が5・6本適当な間隔で生えている。
「遠くで見たときも綺麗だったけど、やっぱ近くで見ると綺麗だな〜♪」
三蔵と見れたことが嬉しくて。
(俺って幸せ者だよな〜)
なんて思いながら桜を見上げる。
「ああ・・・」
――ああ、やっぱり。
淡いピンクに緋色の髪が映えていて綺麗だと思いながら短く答える。
桜なんてゆっくりと見たのは本当に久しぶりで、桜を見上げながらゆっくりと歩く。
「ホント綺麗だよな〜・・・って三蔵?!」
視線を落としてみれば隣りに三蔵の姿はなく・・・。気付けば三蔵は桜を見上げながら、奥の方へと進んで行っている。
「・・・ま、いっか。時間はあるしな。気に入ってくれたってことだしv」
普段あまりリラックスすることのない三蔵のためになれば、と思って誘ったのも事実で。
そんな三蔵を見ているだけでも結構幸せになれたりして。
そんな幸せに浸っていた悟浄の耳に飛び込んできたのは、自分達のほかにも桜を見に来ていた数人のグループの会話。
「なぁ、あそのこ金髪のヤツすっげ綺麗な顔してんな」
「坊主かよ、ホントに・・・」
「声かけてみようぜ」
三蔵のリラックスタイムを明らかに邪魔しようとしているこの会話。
それ以上に、恋人である自分が聞き逃せるはずのない会話に、見逃せるはずのない奴ら。
「さて・・・」
(三蔵に気付かれないうちにいつもみたいにやっちまいますか・・・)
そう。本人に自覚があろうとなかろうと三蔵の外見が、人々の目を引くのは必至。
三蔵が気付かないうちにいつも悟浄はそんな者達を排除してきたのだ。
いわゆる『虫退治』といったもの。
一向に減る気配のないそんな奴らに頭を悩ませているとは、三蔵は知らないのだろうけれど。
「ねぇ、オニーサン達」
軽い調子で声をかけて近寄っていく。
「あ?」
怪訝そうに返された言葉に、距離を縮めて思い切り意識して低い声で言う。
「あのビジンさん俺の連れだから・変な気おこさないでね?殺されたら文句も言えねーと思うよ?」
殺気をこめた目で睨むと、その場に背を向けて三蔵の方へと歩いていく。
・・・真っ青になった数人を残して。
「三蔵♪」
視界に三蔵をとらえて呼びかけると三蔵が数人の男達に何かを言っている姿が。
「?」
相手は三蔵に気があるようにも見えない。
不信に思いながらも悟浄に気付いて歩いてきた三蔵に問い掛ける。
「なぁ、あいつら何?」
「なんでもねぇよ・・・オマエの気にすることじゃねぇ」
「・・・フーン」
三蔵はそれでもまだ不信そうに男達を見ている悟浄を、少し目を細めて見ると腰を引き寄せて強引に口付ける。
「・・・っん!」
驚いている悟浄には構わずに口付けを深くする。
「・・っは、ん・・・ちょ!何?!」
何とか三蔵の腕から逃れて聞くと満足そうな紫の瞳。
「綺麗だ・・・」
「へ?」
そしてイキナリ、関係のない言葉に一瞬何のことを言っているのか理解できない。
「・・・ああ、桜?綺麗だよな〜」
「そうじゃねぇよ・・・オマエが、だ」
「?!」
見開かれた紅の目が一瞬の後に伏せられて、少し赤くなった顔が独占欲を満たしていく。
呆れるくらいに今も。ずっと前からこの存在を手に入れたい、と願っていた。
もう過ちを繰り返すことは無いように、『大切なもの』なんて出来ることはないと思っていた。
でもこの存在が何より大切で。だから悟浄に害を成すものを、許してやるハズも無い。
もう一度腰を引き寄せて。
舞い散る桜の中でも輝きを失わない、緋色の髪を指に絡めて口付ける。
(ったく・・・この馬鹿には自覚が足りなすぎる)
今日だって。悟浄に近づこうとしていた連中を最上級の毒舌で片付けたところだ。
この、奇跡のような輝きがどれだけ他人を惹き付けるか知らないのだ。
悩みなんてない、とは当分言い切れそうにない。
『いかにして虫退治をするか』
――それが二人共通の悩みだと気付く時が来ることを・・・望むのは被害を受ける取り巻き達だったりするのだけれど。
終わり |