By 店主様

それを見てまず最初に思ったのは。
・・・・・ひどく、禍々しいほどに美しいということ。
 

「・・・何でこんなことしたのよ?」
「別に。」
三蔵の左胸に彫られた刺青。
蠍。
紅い蠍。血に濡れたような真紅の。
 

魅入られたように悟浄が蠍へと口付けるのを、三蔵は口唇をほんの少しだけ歪めて。
嘲笑った。
 

 


 

 

三蔵が自分を抱くことに対して興味はない。
悟浄はそう一人呟く。
ただの気まぐれか、性欲処理だろうから。
自分が三蔵を誘った理由はよく知ってる。わかってる。
あの、いつも冷めたような白けたような顔をした男が、欲情した時にどんな顔をするのか見てみたかった。
それだけだ。
男に抱かれて快楽を味わう姿ではなく。
あの男が自分の獣の部分を自覚して、相手に欲望をぶつけて達する瞬間の顔を見てみたかっただけだ。
だから、誘ってみた。
自分に欲情するか自信はなかったけれど。
あの男の場合はプライドの方に、男の本能としての征服欲の方に訴えた方が効果的だと読めたから。
そうしてみた。
多分、組み強かれた瞬間に自分の目に浮んだ色は、紛れも無い征服欲が満たされた歓喜だったろう。
あの、誰からも崇拝され神に近いと称される男も、所詮ただの人間でただの男だったと嘲笑ってやれたから。
けれど。
その顔は自分が想像していた以上に、艶と色香を漂わせて。
そして、今まで自分が知っていた誰よりも男らしく、―獣だった。
いや、獣ではない。あれは、なんだろう?
獣よりももっと原始的な生き物。哺乳類よりももっと本能的な生き物。
うっすらとその輪郭を見せる生き物。
けれど、それに気付くことはきっと・・・・・・・。
囚われてしまう。
あの残酷な笑みに。
 

 

今夜も三蔵が訪れる。
いつもと同じで、いつもと違う。
三蔵の胸にいたのは、蠍。真紅の蠍。
悟浄の脳裏に住み着いていた、あの形。
原始的で本能的で・・・何よりも、その身に秘めたものが―悟浄を狂わせる、狂わせた。
悟浄は何度も蠍に口付ける。
血の通っていないそれが、血など通っていないはずのソレが、生々しいほどの存在感を伝えてくるのを、唇越しに感じながら。
「気に入ったのか?」
いつかの自分の台詞と同じ三蔵の言葉に、悟浄は嘲笑う。
蠍。
それは、聖人と称される三蔵に一番似合っていないはずなのに。
今までそこにいなかったが考えられないほど、三蔵の胸に馴染んでいた。
クラリと、悟浄の思考が揺らぐ。
馴染んで当然だ。
この男は蠍だ。
自分の身体の隅々にまで回っているのは、この男の持つ毒だ。
電撃が走ったような衝撃とともに思う。
じわじわと神経を麻痺させていって、全身を痺れさせて、そして。
ぞわりと舌で蠍を舐めあげる。
口の端を上げただけの三蔵の笑みは、ひどく艶めいていて。
悟浄の視界から入り、脳内を激しく焼く。
毒に侵される。―犯される。
 

 

そんなことなどわかっていただろ?
自分に問い掛けて悟浄は笑う。自嘲の笑みは、唇にだけ浮んで。
その唇に三蔵が己のそれを重ね合わせた。
毒にやられ身体を動かすことも出来ずにいる獲物に対するそれは。
 

 

甘露の甘さと、毒の苦さと、馥郁とした血の味のする。
逃れようの無い、逃れようとも思わない。
 

 

蠍の口付け。
 

 

 

 

―終―