Required thing

By 蓮様

―ねぇ、義母さん。苦しかったのは体だったのかな。
 

Required thing
 

 

・・・気持ち悪い。
ハッキリ言ってもう最悪。
いつもはなんてことないジープの揺れもマジでキツイ。
頭はガンガンするし寒くて体が小刻みに震える。きっと青い顔してるんだろうと思う。
でも・・・バレねぇように何とか平静を装って、長い髪で顔を隠す。
一緒にいるコイツラが心配なんざするかどうかはわかんねぇけどもう2度とごめんだった。
助けを求める自分なんざ。
「着きましたよ」
八戒の声で途切れそうになる意識を何とか保とうと、力をいれていつもみたいにジープから降りる。
でもやっぱいつもみたいに出来るわけもなくて、視界が奇妙に歪む。
手先から冷えて感覚が失われる。自分がどこに立ってんのかもわかんねぇし。
最後に・・・小さく謝るのが限界だった。
「ワリ・・・ちょ、限界」
「っ?!悟浄・・・!!」
三蔵がそんな悟浄に気付いて、崩れる体を抱きとめる。しかし既に意識はなく体は明らかに常温でないことを伝えてくる。
「っち、スゴイ熱じゃねぇか・・・!」
腕の中で真っ青な顔をした悟浄をキツクみやる。
「三蔵?!悟浄は・・・・!」
慌てて駆け寄ってきた八戒に苛立ちを隠さない声で告げる。
「風邪だろうな・・・・。とりあえず宿に入るぞ」
 

―どうして。テメェはいつもそうなんだ。
自惚れてるのはいつもこちらだけだとそう言われている気がする。
 

 

『ねぇ、義母さん』
そう呼ぶ声には覚えがあって。
ああ、と思い当たる。小さな頃の自分の声だ・・・と。
『苦しいよ』
必死に伸ばした手はあっさりとはらわれて、また苦しさは増して。
ねぇ、苦しいんだ。止まらないんだ。
助けて欲しいと願う俺が。触れて欲しいと願う俺が罪なの?
 

『義母さん』
今は。
違う人の名を呼びたくなる。
甘えちゃいけねぇって、分かってんのに・・・止まらないんだ。
・・・・苦しいんだ。
『三蔵』
 

――三蔵。
助けてくれって、そう言いそうになる。
 

 

うっすらと光がさしてきて、同時に視界に思わず目を細めてしまいそうな金色が映る。
「さ・・・んぞ?」
掠れて自分でも誰だかわかんねぇような声で呼ぶ。
そんな悟浄に視線を向けて、溜め息と共に三蔵が言う。
「・・・馬鹿が」
その言葉に結局迷惑をかけてしまったことを感じて慌てて謝る。
「ごめ・・・」
こんな風に三蔵を煩わせたくなかったから・・・とった行動だったのに。
「なんで・・・黙ってやがった」
八戒に止められているのか、煙草は吸っていないけれど染みついた匂いが鼻をつく。
その匂いになんか目頭が熱くなってきて、それを隠すように茶化して言う。
「・・・三蔵様に迷惑かけたくねぇし、治るかな〜とか」
そんな悟浄にきつい口調で三蔵が返す。
「心配かけたくなくて倒れてりゃザマねーな・・・。お前はいつまでも進歩がねぇ」
「ごめ・・・ん」
こんな風に弱ってる時には、冗談で聞き流すことも出来なくて自分が酷い顔をしているのが分かる。さらに謝罪を口にしようとする悟浄の頬に三蔵の手が伸ばされて・・・
思いのほか優しく触れる。
「?」
「そうじゃねぇだろ・・・。迷惑に思うはずがねぇって言ってんだ」
何度言えば信じる・・・。
そう小さく呟かれた言葉に慌てて体を起こす。
それと同時に襲ってきた頭痛と眩暈を無視して口を開く。
「信じてるよ!」
 

信じらんねぇのは自分だけだ。
 

「じゃあ、どうしてテメェはいつもそうやって隠そうとする?」
「だからっ!それは・・・迷惑かけたくねぇんだって!」
「それが信じてねぇってことだろうが!」
その言葉にビクッと体を震わせて俯いた悟浄にもう一度触れる。
「どうせ昔義母にとられた態度か、言われた言葉でも気にしてやがんだろうが」
そのまま少し汗ばんだ髪をかきあげて、上を向かせる。
「そんなもんは吐き出しちまえ」
 

信じらんねぇのは・・・甘えそうになる俺だよ。
 

「強がってねぇで、弱い自分も見せやがれ」
いつもいつも。笑って『大丈夫』だと言えばそれで済むと思ってんのか?
「弱い自分を見せることが・・・弱いってことにはならねぇよ」
信じてるという言葉を口するなら、すべてさらけ出せばいい。
「受け止められねぇほど腐ってねぇんだよ」
悟浄。
呼んでそのまま額に軽く口付ける。
「さんぞ・・・、駄目だって。んなこと言われたら・・・縋っちまう」
そんな俺を好きでいてくれるわけない。
震える声で力の入らない両腕で三蔵を押し返そうともがいても逆に強く抱きしめられる。
「縋れって言ってんだ。『助けて』も言えねぇ口なら捨てちまえ」
「そんな・・・!三蔵の足手まといになるような真似したくねぇんだよっ!!」
対等で居たい。並んで居たい。手をひいて歩いてもらう自分はもういらない。
「だったら尚更、強がんな」
「んだよ、それっ!」
対等でもいられねぇって・・・・そういうことかよ?
泣きそうな声で返すと、もっと強く抱きしめられて・・・ホントに泣いちまいそうなことを言われる。
「最初から足手まといでもねぇしな。そんな奴を傍において置くほど暇じゃねぇんだよ」
全て全て曝け出して、そして残ったお前にいくらでもキスなんざしてやる。
抱きしめてやる。
「テメェがいつもそうやって弱いところを見せねぇようにする度、自惚れてんのは俺だけだと言われているようで、いい気がしねぇ」
 

信じてるのは・・・アンタだよ。
 

「うぬぼれ・・・?」
ハッキリしない頭で、信じられないような三蔵の言葉から最も信じられない一つの単語を反芻する。
「テメェはいつだって他人の弱いところを勝手に覗いて気付かねぇうちになくしてやがるくせに、自分の弱いところは見せようともしねぇだろうが。
 何のために俺が居ると思ってんだ?ただの飾りか?」
「っちが!だって・・・三蔵が気にするようなことじゃねぇし」
慌てて口走る悟浄にさらにいらついた様子で三蔵が言う。
「気にさせろって言ってんだろうが!テメェが縋れねぇ腕なら意味ねぇんだよ」
「・・・・馬鹿じゃん、三蔵様」
 

アンタだけだよ。
振りほどかれても、拒絶されてもそれでも傍にいたいと思うのは。
アンタだけだ・・・。
それが重荷になったらと・・・心底悩んじまうのも全て。
 

「もう一度言うぞ。テメェの弱いところも見せやがれ。依存するのと時には助けを求めるのは同じ意味じゃねぇだろうが」
なぁ、多分俺熱の所為でオカシイんだ。
だから変な事口走っちまうんだ。
それでもこの腕からは・・・逃れられねぇって知ってるよ。
「・・・んなの、多すぎて言い切れねぇよ」
「よかったな。生憎とそれを聞いてやるだけの暇はある」
「・・・三蔵・・・・傍に、いて欲しい」
苦しくて苦しくて。
馬鹿みてぇに零れ始めた涙を何か三蔵は嬉しそうに拭ってくれてた。
「言えるなら最初から言え・・・馬鹿が」
風邪ひいて幸せ感じたのは初めてだ・・・っつーか普通は感じねぇけど。
乾いた唇もアツイ体も今はたいしてどうでもいい。
  

―三蔵。
助けてくれって、そう言いそうになる。
でも今はそれでもいいって言ってくれた。
 

 

―義母さん。
多分苦しかったのは・・・体なんかじゃなかったんだ。
だから。今は止まない痛みもなくなったよ。
 

 

 

「誰かさんの所為で長引いた風邪もようやく完治ですねvv」
妙に爽やかな笑顔で言われて思わず咳き込む。
それでもその後小さく言われた言葉に・・・マジで感謝する。
 

「良かったですね」
 

その想いを伝えたくて少し大きめの声で返すと苦笑いで返された。
「サンキュ、八戒!!」
 

「・・・やめて下さいよ。三蔵に嫉妬されちゃいますから」
「・・・ワリィ」
こっちも苦笑いで返して思わず二人で小さく笑う。
そんな俺らに前方にいる三蔵が振り返っていった。
 

「行くぞ」
 

 

 ―行こう。
今は倒れたってこけたって・・・大丈夫だってわかってるから。