Instead of Cigarette

By ピッコロ様

旅の途中、立ち寄った小さな町はずれの宿。
一行は空腹で暴れる勢いの胃袋にしっかりと食糧を流し込み、そして満足しきった表情でそれぞれの部屋に戻る。
疲れたカラダをずるずるとひきずって。
それぞれの思いを抱いて独り部屋。
壁とドアを隔てれば、もうそれで独りの世界。
 

 

 

+ + + + + + + + + + + + +
 

 

 

「あ〜、食った食ったぁ。腹一杯…」
 

 

廊下のつき当たりから手前にふたつ目の個室をあてがわれた悟浄は、部屋に入るなり 弛緩しきった身体をぼすっ とベッドに沈み込ませる。
[今日も妖怪ちゃんどもの相手しかしてねェし?]つまらなそうに言いながらも、さっきの旨いメシと独り部屋に居られて誰にも邪魔されない喜びとで相殺か?と苦笑い。
仰向けに寝転んで両手を頭の下で組み、ふぅ と溜め息をつけば、何やら口寂しいことに気付く。
 

 

「あ、そ だ…… タバコ… 」
 

 

寝転んだままの姿勢でがさごそとズボンのポケットを探り、ジッポと共に取り出した小箱は既にカラ。
 

 

「クソッ… メシの前に吸ったアレが最後だったなぁ… 忘れてた」
 

 

起き上がってベッドの上にあぐらをかき、しばらく考える。
煙草も欲しいが、サッサとシャワーを浴びて汗を流し、買いに行くのはその後散歩がてらでもいいか、などと思ってみたりもする。
しかし、季節はまだ春先。
夜は案外冷え込み、湯で暖まった身体をさすような時もある。
逡巡の後、悟浄は隣の部屋の主を訪ねることにした。
 

 

 

 

部屋を訪ねて、重く閉じられたドアを軽くノックすると、軽快な音がして少し拍子抜け。
どうやら合板でできたドア、らしい。
見かけによらず ぺらいドアだな、と心の中でだけ文句を言いつつ、部屋の主の返事を待った。
 

 

「……………… 」
 

 

返ってきたのは無言の返事。
だが、ドアの隙間からこぼれる薄明りが部屋の主の存在を告げる。
悟浄はカチャリ、とドアノブを捻って 顔を覗かせた。
 

 

「居るんだろ? 入るぞー……… 」
 

 

必要最低限に開いたドアからするり と身体を滑り込ませて壁に凭れる。
見ると、三蔵は小銃の手入れをしていた。
昨年の誕生日に自分が選んでから皆で贈った小さな布-[きれ]-。
まさか、まだ後生大事に持っていたとは。
三蔵が、人 どころか、物に固執する姿を目にするのは初めてかも知れない。
意外な面を知って嬉しそうに顔をほころばせ 悟浄は、三蔵の座っているベッドの隣に腰をおろした。
 

 

「なぁ、三蔵。ソレ気に入ってんだ? 俺が選んだんだもんなぁ〜」
「………馬鹿面をこっちに向けるな…」
「うわ、見もしねェでヒドい言い草……」
「いちいち見て確認するのも面倒だからな」
 

 

磨き上げて艶を取り戻した小銃をサイドテーブルに置き、マルボロを1本銜えて火をつける。
三蔵のその動きを惚けて見ながら[あ、そうそう、そうだった]と、慌てて悟浄が言葉を続けた。
 

 

「なぁ、三蔵。煙草1本頂戴? 買いに行くのが億劫でさぁ… 
 なぁんか口寂しーんだわ。買い置きのも無ェし。」
 

 

 

ゆっくりとした仕種で煙草を挟んだ細い指を口から離し、口内で転がした煙を吐き出して また近付ける。
 

 

 

[煙草吸うのって 煙草とキスしてるみてェだ] 
 

 

 

[くだらねェ]と言われることは百も承知だから、言わない。
三蔵は、五度ほどその反復動作を繰り返して すぅー…… と紫煙を吐き出す。
スローモーションがかったような動きに捕らえられ[綺麗だな]などとつい思ってしまう。
しなやかに 滑るような動きで、灰皿と化した空き缶の飲み口で無惨に揉み消される煙草。
見蕩れていると、ちらり と軽く、紫の双眸がこちらに向いた。
 

 

「残念 だな。これが最後の1本だ」
「…………………やっぱ、お前って性格悪ィわ…… 」
 

 

言われて腹立つと言うよりも[お前らしいよな]との呟きが漏れ出そうになるのをぐっ と堪え[ンじゃ 買いに行って来るか]とベッドから立ち上がった瞬間。
もの言わず、ぐい と腕を掴まれて引き戻されて。
あっという間に目の前の景色が変わった。
気付けば下肢と両手首をシーツに縫い留められ、天井の明りを背に受けた[金]-きん-が見下ろしている。
頬に垂れかかった金糸がサラサラと、聞こえない音をたてて流れた。
まっすぐに見とらえられ、ぶつかった視線の距離が徐々に縮まって
焦点があわなくなった時、悟浄は思わず目を閉じた。
 

 

「おい… 目ェ開けろ」
「三蔵……… ムードの欠片も無ェでやんの」
 

 

言われて 返す、憎まれ口。
今までに何度となく繰り返したやりとり。
軽く受け流せるようになったのは一体いつからだろう。
いくら考えても思い出せないから、[初めて肌をあわせた日から]ということにしておこう。
 

 

「…………ん ………っ 」
 

 

唇を重ねるのは、三蔵のほうからの時もあり、また 悟浄がいたずらっぽく強請ることもある。
きっかけがどうであれ、重なった唇からこぼれる吐息や漏れ出る声は、互いに自分だけのものであり そして 二人だけのものだろう。
二人だけの共有物。
 

 

「……っく …っ 苦し… って ……」
「知るか」
 

 

一旦離した唇をまた深く重ね、舌を絡めて口内を刺激する。
舌の裏をくすぐり 口壁を撫で 歯列をなぞって形どり 重ねては離れ、また離れては重ね をしつこいほどに繰り返した。
また、唇から逸れて頬 ひたい 瞼に首筋 耳元 髪の毛へと口づけをおとす。
そしてまた 唇。
まったりと重なりあった唇は、名残りを惜しんでゆっくりと離れた。
 

 

上体を起こしてバツが悪そうに俯いて髪を掻き上げる悟浄に、三蔵が 言う。
 

 

「それでしばらくはもつだろう」
「え… 何………」
 

 

言われたことの意味を汲み取れず、ぽかん とする悟浄に、チッ と舌打ち。
睫を伏せて髪の毛を掴んで引き寄せ、もう一度吐息のかかる距離。
 

 

「自販機まではコレで我慢しろ」
 

 

言葉の意味を理解する間もなくまた重なり、マルボロの味がじわり と悟浄の口内に移る。
自分の嗜好とは違う味。
しかし、嫌いではない 寧ろ[好き]の類いのそれ。
 

 

 

[煙草がわりのキス?]
 

 

 

頭でやっと理解した時には既に脳までも融かされ、身体も熱を帯び始めていた。
自ら角度を変えて貪ろうとすれば、三蔵の唇が意地悪そうに離れる。
 

 

「俺の分も買って来い」
「……………へーい… 」
 

 

すごすごとベッドからおり、煙草を買いに出掛けるべくドアに歩み寄ると、背後から また三蔵の声。
 

 

「…おい……… 」
「んー、何」
「………続きは あと だ」
「…わーってるよ」
 

 

バタン と後ろ手にドアを締めて廊下に出ると、ひんやりとした空気が漂っていた。
肌に触れる空気が寒く感じられるのは、今 三蔵に与えられた[煙草味のキス]で身体が熱くなった所為だろう。
これから煙草を買いに行くというのに、ついいつものクセでポケットに突っ込んだ手で煙草を探ってしまい苦笑いする。
 

 

「ま… 今夜は煙草、要らねーかも?」
 

 

[早く買って来よ…]と小さく呟き、宿を出て月明かりのもと 足早に歩みを進めた。