永遠の日々

By ユキ様

「なぁ…八戒」 
「なんです?悟浄」 
 厳しい寒さの冬も終わり、暖かな風が吹き始めた春。 
 長いようで短かった旅も三ヶ月前に終え、もとの平凡な日々を過ごしていた。 
             
最初の頃は三蔵も悟浄もお互いの家を行ったり来たりしていたのだが、 
だんだんと回数が減り、最近では一ヶ月程顔を合わせていなかった。 
旅に出ていた間の仕事が一気に押し寄せてきて三蔵はほとんど寝る暇もなく、 
悟浄はそんな三蔵の邪魔にならないように会いに行かなくなったのだ。 
               
そんな二人を八戒と、時々遊びにやってくる悟空は心配していた。 
             
   
あの…さ」 
悟浄は洗濯物を干している八戒の背中に声を掛けた。 
「りょ…料理教えて欲しいんだけど…」 
「料理…ですか?」 
振り返ると悟浄が顔を赤くして俯いている。 
「三蔵に作ってあげるんですかv」 
その言葉に益々顔を赤くして八戒を少し睨みつけた。 
「あれ?違いました?」 
「…違くない///」 
いつもの笑みに負け素直に認める。 
「最近…また仕事忙しいみたいで…寺に篭りっぱなしじゃん?だからさ…弁当差し入れしようかと思って///」 
               
この前悟空が遊びに来た時、三蔵が疲労のせいかあまり食事をしていないと聞かされた。それが心配で悟浄は差し入れをしようと考えたのだ。 
「そういえば悟空が言ってましたね、三蔵元気がないって。貴方が会いに行かないから」 
洗濯物を干し終え、本棚から一冊の本を持って悟浄の前に座る。 
「作るんなら本格的にしましょうねv」 
料理の本を広げ、何を作るか決めると八戒の料理教室が始まった。 



             
悪戦苦闘したものの、無事料理を完成させ悟浄は三蔵の寺を訪れた。 
「来たはいいけど…どうしよう」 
弁当を片手に寺の前をウロウロし始めた。 
             
             
「あの…何か御用ですか?」 
声のした方に視線をやると、一人の若い僧侶が立っていた。 
「あ…えっと…三蔵いる?」 
「三蔵様ですか?いらっしゃいますが、今お仕事の最中で…ちょっと…」 
申し訳なさそうに頭を下げる。 
「あ、いればいいの。コレ渡してくれる?」 
悟浄は持っていた弁当をその男に渡した。 
受け取ると中からいい匂いがした。出来立てなのだろう、容器が温かい。 
「はい。…お名前を伺ってもよろしいですか?」 
名前と言われて悟浄は少し困った顔をした。 
今まで会いにこないで、急に差し入れを持ってきても三蔵が受け入れてくれるか…。 
自分の名前を聞いて不快に思わないだろうか…。 
「俺は……八戒。八戒って言ってくれればわかるから」 
「八戒様ですね?かしこまりました。確かに三蔵様にお渡しします」 
そう言うと悟浄に挨拶をして寺の中に入っていった。 

「名前…ちゃんと言えばよかったかな」 



               
「失礼します」 
部屋に入ると、机の前で眉間に皺を寄せた三蔵と目が合う。 
「まさか書類を増やす気じゃねぇだろうな?」 
明らかに不機嫌な三蔵の対応に怯えながらも渡された弁当を机に置く。 
「お届け物を持ってまいりました」 
「届け物?」 
目の前に置かれた弁当箱の包みを開けると、美味しそうなおかずが並んでいた。 

「いつもならこんな物受け取らないだろ」 
三蔵への差し入れは何かあったら一大事なので基本的に受け付けていなかった。 

「それが以前、三蔵様が西に行かれた時に御一緒された方のようで…」 
一度だけ見た事があるかもしれない、と思い出し引き受けたと言った。 
「八戒様というお方です」 
その名前を聞いてすぐにあの男の事を思った。 
「一人だったか?」 
「はい。お一人でした。うわぁ…すごい豪華なお弁当…お茶を入れますね」 
八戒ならこれくらいの弁当を作り兼ねない。何事も本格的にやる。 
カレーを作るなら三日は煮込むだろう。 
             
「でも、とても綺麗な方でした。あんなに綺麗な紅い髪に紅い瞳…禁忌の子を、なぜ人々は忌み嫌うのでしょうか…」 
その言葉を聞いた途端、三蔵は立ちあがり部屋を飛び出していった。 
「…っの馬鹿!」 
「三蔵様!?」 
「しばらく仕事は受け付けない、とジジィ共に伝えとけ!」 
             
一人で来たのならジープではなく歩きのはずだ。 
走ればまだ間に合うかもしれないと、悟浄の後を追った。 
             

悟浄は愛煙のハイライトを咥えながら来た道をゆっくりと戻った。 
時々足を止めては、さっき名前を名乗っとくべきだったか考える。 
「でも今から戻ってもな」 
馬鹿じゃん、と苦笑しながらまた歩き始めた。 
             
「ほんと馬鹿なんだよ、てめぇは」 
「!?…三蔵…」 
振り向くと肩で息をしている三蔵が立っていた。 
誰が見てもココまで走ってきたというのが分かる。 
三蔵は唖然としている悟浄の腕を掴むと寺の方に歩き出した。 
「ちょ…三蔵!?」 
「お前はいつから八戒になったんだ?」 
久しぶりに見る紫電の瞳は小さな怒りを宿していた。 
掴まれた腕が熱くなっていくのが恥ずかしくて悟浄は顔を背ける。 
「…ったく、いくら名前を隠したって身体的特徴を言われればバレるにきまってんだろ」 
「だって…」 
「まぁいい…行くぞ」 




寺に戻ってくると部屋の前でさっきの僧侶がオロオロしている。 
「三蔵様!!!」 
三蔵の姿を見つけると、安心した顔をして近づいてきた。 
「明日まで部屋に誰も近づけるな」 
部屋のドアを開け、悟浄に入れと目で促す。 
「わかりました。…八戒様に何かお持ちしましょうか?」 
「あ…えっと…」 
「こいつは八戒じゃねぇ。悟浄だ」 
困っている悟浄の代りに三蔵が口を開いた。 
「悟浄様…ですか?」 
「悪い…嘘ついてて」 
悟浄は申し訳なさそうに頭を下げた。 
「いいえ!そんな…謝らないで下さい。それでは失礼致します」 
深々と二人に頭を下げ、閉まるドアを見つめた。 

             
廊下をゆっくり歩きながらある事を思い出した。 
「あの人が悟浄様…」 
             
その名前には聞き覚えがあった。以前、三蔵の部屋を訪れた時、 
仕事をしながら眠っていた三蔵が愛しそうに呼んだ名前…。 
きっと想いを寄せてる相手なのだろうと思っていた。 
紅い髪に紅い瞳、目を奪われる容姿。三蔵の横がとても似合っていた。 
金と紅がお互いに引き立て合って、より一層艶やかになる。 
「お似合いだったなぁ」 
廊下の窓から射し込む夕日は悟浄を連想させる色だった。 


             
部屋に入ると、三蔵はマルボロを咥えた。 
三蔵の部屋も夕日によって赤く染まる。 
「悟空がさ…、三蔵元気ないって…。八戒に俺が会いに行かないからだって言われた…」 
「…その通りだな」 
窓の外を見ている悟浄を後ろから抱きしめ、肩に顔を埋めた。 
「お前がいないと辛い…」 
「さんぞ…」 
回された三蔵の腕に手をかけ、ぎゅっと握り締める。 
「俺も…三蔵がいないと嫌だ…」 
呟くような小さな声で言うと、ベッドに優しく押し倒された。 
三蔵の顔を見上げるととても穏やかな顔をしている。 
近づいてくる紫電の瞳に目を閉じると、優しいキスが降ってきた。 
唇に頬に瞼に額に髪に…次々とキスが降ってくる。 
「悟浄」 
「んっ…ぁ」 
耳を舐められ甘い声が漏れる。悟浄は三蔵の法衣を掴むとゆっくりと 
瞳を開いた。 
「…三蔵」 
だんだん深くなるキスに悟浄は涙を流した。 




情事の後、生理的に流れた涙を舌で優しく拭うと悟浄は体を捩った。 
「さんぞ…くすぐったい」 
今度は深紅の髪に指を滑らせ弄ぶ。     
「どうかしたの?三蔵」 
「…どうしたらいい?」 
髪に口付けながら三蔵は悟浄を抱き寄せて聞いた。 
「なにが…?」 
「…『愛してる』じゃ何回言っても足りねぇ」 
その言葉に悟浄はまた涙を流した。三蔵のことがこんなにも好きで…、 
三蔵も自分のことがこんなに好きで…。本当に嬉しかった。 
「じゃあ…名前を呼んで…キスして…?一番効果あるから」 
「悟浄…」 
名前と共に今までで一番甘いキスを交わした。 






「弁当冷めちゃったね」 
机の上に置かれていた弁当はすっかり冷めていたが、三蔵は箸をつけた。 
「お前が作ったのか?」 
「うん、八戒に教えてもらって…まずい?」 
「いや、美味い」 
最近まともな食事をしていなかった三蔵は弁当を全部食べきった。 
悟浄が入れたお茶を飲みながら、書類にざっと目を通す。 
「すごい量だね」 
「旅に出てた間の分だ」 
一枚手にとって目を通してみたが悟浄には何が書いてあるのかわからなかった。 

「俺なら2分で放棄しちゃう」 
ハイライトを咥えながら小さく笑う。 
     
         
「寺の近くに家を買う」 
いきなり三蔵が違う話をしだした。悟浄は何を言ってるのかわからず 
不思議な顔をする。 
「家?」 
「ああ。書類は運ばせればいい。一日一回は俺が寺に行く。問題は無い」 
「問題無いって…」 
落ちそうになっていた灰を灰皿に落とす。少し手が震えてる気がした。 
「一緒に暮らすぞ」 
「う…嘘…」 
悟浄の手からタバコを奪うと灰皿に押し付け消した。 
そのままゆっくりと抱きしめ軽く背中を擦る。 
「これ以上離れて暮らすのは限界だ」 
「…悟空はどうすんの…」 
「八戒と暮らすだろう…嫌か?」 
心臓が壊れたようにバクバクしている。体中が心臓になったような感じだった。 

「嫌じゃない…嬉し…っ」 
             
                 

                                 
そして次の日、三蔵は寺の近くに家を買い悟浄と二人で暮らし始めた。 



                                                               終わり