何、食べたい?(500HIT記念駄文)

八戒が、ダウンした。
朝、起きてこないので悟空が様子を見に行ったのだが、すぐに血相を変えて戻って来た。
八戒は発熱していた。日頃の疲れが一気に出たのだろう。

「すみません、三蔵‥‥。大丈夫だと思ったんですけど…」
「お前が一番働いてるんだ、気にするな。ゆっくり休んどけ」
そうして、八戒が回復するまでこの街に留まる事が決定した。

普段世話になっている八戒が余程心配なのだろう。側を離れようとはしない悟空に「静かにしておけ」と言い置いて、三蔵は自分の部屋に戻った。しばらくしてトントン、とドアが叩かれる。顔を出したのは悟浄だった。

「三ちゃん、入るよ?」
手にした盆の上には、小ぶりの椀と茶器。椀の中身は、粥だ。
八戒のために、宿の人間に作らせたものだろう。

「これ、余ったから、お前にもと思って。食う?」
「腹は減ってない」
「まあま、そう言わずに。勿体無いじゃん」
問い掛けたくせに、返事を聞く気は無かったらしい。悟浄は三蔵の前に椀を差し出した。
 

  

「美味い?」
「ああ、いい調理人がいるようだな。メシの時には何とも思わなかったが」
病人の口に合わされたのだろう、少し薄味のソレを、確かに美味いと三蔵は思った。調理人の気遣いか、トッピングにも柔らかいものが選ばれ、繊細な味付けがされてある。シンプルな料理ほど、ヘタな誤魔化しはきかないものだ。
もともと少な目の粥は、あっという間に無くなった。

「美味かった?」
「しつけぇな。そう言ってるだろうが」
何故か悟浄の顔がニヤついている。妙に嬉しそうな表情が隠しきれない、といった感じだ。
「何、しまりのない顔してやがんだ。馬鹿が一層馬鹿に見えるぞ」
三蔵の憎まれ口も意に介さず、悟浄の顔は緩んだままだ。

「それね」
テーブルに両肘を付き、顎を支えるようにして三蔵を見る。
「俺が作ったの」
「!」

思わず、三蔵は口に含んだお茶を吹き出しそうになった。
悟浄を見ると、肩を震わせて笑っている。
「ア、アンタの、い、今の、顔っ、く」
どうにも耐えられないらしく、目には涙さえ浮かべている。
『してやられた』三蔵は、悟浄とは逆に不機嫌モードだ。
「‥‥いつまで笑ってんだ、死にたいか?」
「ああ、ワリワリ‥‥。何か、たまには驚かせてみてぇなー、なんてね。意外だった?」

悟浄が料理を作る、と言うことに関してはそれほど意外でもない。ずっと一人で暮らしてきたのだ。ある程度のことは出来るだろう、と三蔵は思っていた。
だが、ハッキリ言って味にはこだわるタイプではないと考えていたのは、以前、八戒が悟浄の作るラーメンを評して、
「ラーメンとは言い難いですよ。冷蔵庫の中の物全部ブチ込んでごった煮状態ですから」
と言っていた印象があったからかもしれない。
そう三蔵が告げると、悟浄は笑った。
「あん時だって、八戒は『不味い』なんて一言も言ってないじゃん」
「‥‥何で、今まで作らなかった?」
「だーって、めんどくさいし。いいじゃん、八戒のメシ、美味いだろ?」
お前のだって、美味いんじゃねぇか。そう言おうとして、三蔵は言葉を飲み込んだ。
『こいつにそんな事言ったら、付け上がるだけだ』

三蔵が考える間にも、悟浄は話を続けていく。
「それより、美味かったんなら、お礼貰ってもいい?」
「お前が無理矢理食わしたんだろうが」
「そーだけど、美味いっていってくれたじゃん」
やっぱり、何か企んでいやがったな、と三蔵は眉間に皺を寄せた。目の前の悟浄は相変わらず嬉しそうに笑っている。無視しようという考えが一瞬、三蔵の脳裏を掠めたが。

――そういや、こいつから何かを欲しがることは珍しい、か

一応、聞いてやるだけ聞いてやるかと、三蔵は思い直した。
「‥‥何が欲しいんだ」
「お前の作ったメシ、食いたい」
「んだと?」
「作れるだろ?坊主って料理も修業の内、とかなんとかいうし。何でもいいからさ」

仏心を出したことを、三蔵は後悔した。
「粥一杯で、随分大きく出るじゃねぇか」
「細かいこというなよな。案外セコイね、お前」
「あぁ?」
こめかみに浮かぶ青筋が、三蔵の怒りを表している。
それでも尚、期待に満ちた目でこちらを見ている悟浄の姿に、三蔵はため息を漏らした。
「‥‥気が向いたらな」
「あ、ズリー!お前の気が向くの待ってたら、ジジイになっちまうだろーが!」
「それまで側にいりゃあ、食えるだろ」
ぽん、と悟浄の顔が赤くなる。今度は三蔵が笑う番だった。

悟浄は、あ〜だの、う〜だのと唸っていたが、何か思いついたのかハタ、と顔を上げた。
身を乗り出して、三蔵に顔を近付ける。
何だ、と三蔵が問うより早く、悟浄に唇をペロ、と舐められた。

「そんなに待てねーから、味見」
「‥‥食いたいのは、料理じゃない様だな。それならそうと、早く言え」

悟浄の胸倉を掴んだ三蔵が、そのまま悟浄をベッドに放り投げ、のしかかる。
抵抗する気はないのだろう、悟浄はケラケラと笑っている。三蔵は先程自分がされた様に、悟浄の唇を舐めた。

「なーに?お前が俺食うわけ?それって本末転倒じゃん」
「いつも食わせてやってる分じゃ不足らしいな‥‥安心しろ。粥の礼、たっぷりしてやる」
「‥‥‥あ、やっぱり粥に免じて手加減してクダサイ‥‥‥」
「遅い」

  

途端に気弱な発言をする悟浄に苦笑しながら、三蔵は口付けを落としていった。
いつかこいつに自分の作った料理を食わせてやろう。そう思いながら。
 

 

「何、食べたい?」完