ゆっくりと、悟浄の身体が揺れる。 乞われるままに、俺はその指に舌を這わせた。
『SLOW DANCE』
夜中に突然、俺の部屋にやってきた悟浄。 俺に跨ってゆっくりと揺れるしなやかな肢体。 時折、悟浄はこういう繋がり方を求める。 ―――――俺の存在を、確かめたいというように。 確か、この前は。目の前で子供が死んだ。 そして今日は――――。 悟浄が部屋に入って来た時に微かに感じた、血の匂い。本人は気付かれていないと思っているだろう。部屋に来る前に、念入りにシャワーを浴びてきたらしく、髪がまだ濡れていたから。 悟浄は何も言わない。
悟浄の吐き出す息が熱く、徐々に荒くなっていく。こねるように腰を回してやれば、抑えきれなかった嬌声が、俺の耳を灼いた。もうじき、こいつの理性も切れる。 感情も理性も。全てが彼方へ飛んでしまうまで、あと僅か。
『――シテル』 極まって震える悟浄に、ふと、想いのままを囁けば、切れ長の目尻から零れた涙。
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「父さん!?父さんっ!!」 血の海に横たわる妖怪に、駆け寄る子供。 血にまみれた錫杖を握りしめたまま悟浄は。
野宿続きで疲れていて。 やがて、どんなに呼んでも揺すっても父親が目覚めないと理解した子供は、ぴたりとその動きを止めた。 「あーあ、死んじゃった」 一瞬、空耳かと思った。 「カネ」 罵りの言葉を覚悟していた。『よくも父さんを!』と立ち向かってくる子供の姿を想像していた。だから、差し出された手が何を意味するのか咄嗟に理解できなかった。 「タダでさえ妖怪は嫌われてんのにさ」 少年の瞳には狂気はない。まだ自我を保っているのにも驚きだが、親を目前で殺されたというのに、何の感情の昂ぶりもない。 「親いなくて、俺みたいなガキにどーやって食ってけっつーんだよ?だから、金。―――それともいっそのこと俺も殺す?」 ん?と事も無げに小首を傾げられ、悟浄はうろたえながら頭を振って否定した。すっかり少年のペースに乗せられている。 「ホントの父親‥‥、なのか‥‥?」 悟浄の言いたいことを察したのか、少年は軽く笑って肩を竦めて見せた。不自然なほど、大人びた仕草だった。 「トチ狂っちまってからは俺が面倒見てやったようなもんだよ。三蔵法師殺せば大儲けだとか夢見てさ、たいして強くもねーのに馬鹿な親父だよ」 唾でも吐きかけかねない有様だった。まるで厄介払いできたとでも言いたげだ。 「俺を‥‥恨まねぇのか」 ぐっ、と悟浄は言葉に詰まった。少年を連れて行くことは難しいだろう。この旅の目的が遊びではない以上、三蔵が首を縦に振るとは思えない。困惑の表情を浮かべた悟浄を、さも可笑しそうに少年は見やった。 「冗談だよ。俺も人間の道具になるのは真っ平ごめんだね」 言葉に詰まった悟浄を少年は冷ややかに一瞥して、言った。 「アンタも憐れだね」 ――――無性に、三蔵に会いたかった。
そして悟浄は今、三蔵の身体の上で揺れている。 結局、少年を殺す事も、救いの手を差し伸べてやる事も、悟浄には出来ないままだった。 壊れてしまった少年が、父親の亡骸を見て哂っている。 「こんだけー?シケてんね、兄ちゃん。こんな待遇で人間に妖怪の魂、売ったの?」 特徴的な耳を隠すための帽子を目深に被り、悟浄に嘲笑を浴びせ立ち去る少年の背を。
気が付けば走っていた。 何度も、何度もシャワーを浴びた。身体にこびり付いた血の匂いを取り去りたかった。いや、あの少年の笑みを記憶から消したかったのかもしれない。 『憐れだね』 少年に言われた言葉の内容よりも。向けられた蔑みの視線よりも。
怒りなのか悲しみなのか、―――寂しさなのか。
『アイ―――』 頭の中まで白濁したような快感の波の中で届いた、三蔵の囁き。 不覚にも。
「SLOW DANCE」完 |