ゆっくりと、悟浄の身体が揺れる。
焦らす様な動きが気に入らなくて、わざと逆らうように腰を動かすと、咎めるような視線を送ってくる。
それでも、動きはやはり緩慢なままで。
俺の唇を指で撫ぜ、誘うように薄く笑う。

乞われるままに、俺はその指に舌を這わせた。

 

 

 

 

『SLOW DANCE』
 

 

 

 

夜中に突然、俺の部屋にやってきた悟浄。
昨日まで『次の街では絶対個室でひたすら寝る!』と豪語していたのはどこの誰だったか。
だが、この気まぐれな猫は少しも悪びれず、会話もそこそこに俺の服を引き剥がしにかかる。
淫乱、と呆れたように呟けば、知らなかった?と返された。
 

俺に跨ってゆっくりと揺れるしなやかな肢体。
自らを抱きこむように、腕から肩へと悟浄の指が滑る。やがて喉元で交差された指は、まるで自らの首を締め上げているようだ。倒錯的な錯覚を俺に与えつつ、見られている事を意識して殊更にゆっくりと身体を這い回る指先が、淫らだ。
悟浄の指は止まらない。首から顎、頬のラインを両手で包み込むようにゆっくりとなぞり、最後に耳の後ろで長い髪を纏め上げ、熱い吐息と共に解く。
まるで花が咲くように、散るように。
視界を埋めつくして舞う紅に目を奪われる。視覚だけで興奮させられていく。
熱い血流が下腹部に集中したのが悟浄にも伝わったらしい。快楽で鈍くけぶる紅い瞳を満足げに細め。
淫猥に、微笑んだ。
 

時折、悟浄はこういう繋がり方を求める。
余裕の仮面の下で、自分の身体に俺を刻みつけようと必死で足掻く。
快楽に溺れることを許さず、ただ繋がっていることを確かめるかのように。

―――――俺の存在を、確かめたいというように。

確か、この前は。目の前で子供が死んだ。
その前のときには、前日に母親を呼びながら魘されていたことを、後で八戒から聞かされて知った。

そして今日は――――。

悟浄が部屋に入って来た時に微かに感じた、血の匂い。本人は気付かれていないと思っているだろう。部屋に来る前に、念入りにシャワーを浴びてきたらしく、髪がまだ濡れていたから。
本人曰く『準備万端整えてきてやったのよ』だそうだが。
 

悟浄は何も言わない。
だから俺も何も聞かない。
 

 

 

悟浄の吐き出す息が熱く、徐々に荒くなっていく。こねるように腰を回してやれば、抑えきれなかった嬌声が、俺の耳を灼いた。もうじき、こいつの理性も切れる。
 

感情も理性も。全てが彼方へ飛んでしまうまで、あと僅か。
それまでは、好きなようにすればいい。
こんなことで少しでもお前の心が安らぐならば、いくらでも。

 

『――シテル』

極まって震える悟浄に、ふと、想いのままを囁けば、切れ長の目尻から零れた涙。
悟浄は俯き、長い髪でそれを隠した。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 **********

 

 

「父さん!?父さんっ!!」

血の海に横たわる妖怪に、駆け寄る子供。

血にまみれた錫杖を握りしめたまま悟浄は。
その光景に、ただ呆然と。
立ち尽くすだけだった。

 

 

 

 

野宿続きで疲れていて。
ようやく入った街では当然個室を主張して。
それでも眠る前に軽く酒場で一杯やってからと、夕食後にこっそり宿を抜け出してすぐに、悟浄は妖怪に襲われた。
食後の運動にもならない相手。けれど殺気だけは人一倍で。
勝負はあっけなく終わり、踵を返そうとした悟浄の視界に突然飛び込んできた、一人の妖怪の少年。
まだ、年端も行かぬその少年が既にこと切れた父親に必死に取りすがる姿に、悟浄の足が竦む。まさか自我を失くした妖怪が子供を連れているなどとは、夢にも思っていなかったのだ。

やがて、どんなに呼んでも揺すっても父親が目覚めないと理解した子供は、ぴたりとその動きを止めた。

「あーあ、死んじゃった」

一瞬、空耳かと思った。
子供は固まる悟浄の方へと視線を向け、ゆっくりと手を伸ばす。
それでも悟浄は、動けなかった。

「カネ」
「―――な」
「金、ちょうだい」

罵りの言葉を覚悟していた。『よくも父さんを!』と立ち向かってくる子供の姿を想像していた。だから、差し出された手が何を意味するのか咄嗟に理解できなかった。

「タダでさえ妖怪は嫌われてんのにさ」

少年の瞳には狂気はない。まだ自我を保っているのにも驚きだが、親を目前で殺されたというのに、何の感情の昂ぶりもない。

「親いなくて、俺みたいなガキにどーやって食ってけっつーんだよ?だから、金。―――それともいっそのこと俺も殺す?」

ん?と事も無げに小首を傾げられ、悟浄はうろたえながら頭を振って否定した。すっかり少年のペースに乗せられている。

「ホントの父親‥‥、なのか‥‥?」

悟浄の言いたいことを察したのか、少年は軽く笑って肩を竦めて見せた。不自然なほど、大人びた仕草だった。

「トチ狂っちまってからは俺が面倒見てやったようなもんだよ。三蔵法師殺せば大儲けだとか夢見てさ、たいして強くもねーのに馬鹿な親父だよ」

唾でも吐きかけかねない有様だった。まるで厄介払いできたとでも言いたげだ。

「俺を‥‥恨まねぇのか」
「じゃ、アンタが責任とって俺を養ってくれんの?」

ぐっ、と悟浄は言葉に詰まった。少年を連れて行くことは難しいだろう。この旅の目的が遊びではない以上、三蔵が首を縦に振るとは思えない。困惑の表情を浮かべた悟浄を、さも可笑しそうに少年は見やった。

「冗談だよ。俺も人間の道具になるのは真っ平ごめんだね」
「‥‥道具?」
「アンタも利用されてんだろ、人間に。親父みたいな奴から坊主を護ってナンボなんだろ?そのために使われてんだろ?」

言葉に詰まった悟浄を少年は冷ややかに一瞥して、言った。

「アンタも憐れだね」

――――無性に、三蔵に会いたかった。
 

 

 

 

 

 

そして悟浄は今、三蔵の身体の上で揺れている。
緩やかな動きに、三蔵が焦れているのが分かるけれど。少しでも長く三蔵に触れていたくて、三蔵を感じたくて、わざとゆっくり上り詰めてみせる。
 

結局、少年を殺す事も、救いの手を差し伸べてやる事も、悟浄には出来ないままだった。
少年が無遠慮に悟浄の上着のポケットを探るのも、悟浄は止める気にすらなれず。
見つけ出した財布の中から紙幣だけを引き抜く様子はどこか手馴れたもので。恐らくは今までも、こうやって父親を養ってきたのだろう。

壊れてしまった少年が、父親の亡骸を見て哂っている。
異変のせいだと、思いたかった。

「こんだけー?シケてんね、兄ちゃん。こんな待遇で人間に妖怪の魂、売ったの?」

特徴的な耳を隠すための帽子を目深に被り、悟浄に嘲笑を浴びせ立ち去る少年の背を。
悟浄は一歩も動くことも出来ずに、見送った。

 

 

 

 

気が付けば走っていた。
早く。少しでも早く、宿に戻るために。

何度も、何度もシャワーを浴びた。身体にこびり付いた血の匂いを取り去りたかった。いや、あの少年の笑みを記憶から消したかったのかもしれない。

『憐れだね』

少年に言われた言葉の内容よりも。向けられた蔑みの視線よりも。
あの笑みが、いつまでも拭えない。

 

怒りなのか悲しみなのか、―――寂しさなのか。
胸にわだかまる感情が何なのか、自分にもわからなくて。
三蔵に触れたい。ずっと触れていたい。ただそれだけでいっぱいになる。
 

 

『アイ―――』

頭の中まで白濁したような快感の波の中で届いた、三蔵の囁き。
普段三蔵が口にしないその言葉が、今はとんでもなく胸に沁みて。

不覚にも。
涙が、零れた。
 

 

「SLOW DANCE」完