眠れぬ夜の過ごし方
「う゛〜。ちくしょ〜、また負けた〜。おい、もう一回だ!もう一回!」 悟浄はがりがりと頭をかきむしった。床に散るカードを集め、とんとんと整える。 そう、外は大雨。宿の一人部屋で、三蔵がぐっすり眠っているとも思えないが。 「ああ、いーの、いーの。ほっとけば。ガキじゃねぇんだ、一人で大丈夫だろ」 何気なく、さり気なく。少しも押し付けがましく感じない彼の優しさが心地よくて。 「僕は大丈夫ですから、行ってあげて下さい」 カードを配る悟浄の手つきに思わず見とれてしまっていた。危うく聞き逃しそうになって、問い返す。 「俺が必要なら、手を伸ばしてくるっしょ。俺は奴がそうした時に、見逃さなきゃいいの。最初っから他人を頼るほど弱い奴じゃねえし、俺も余計なことはしません、ってね。まあ、相手が何望んでるのかなんて、所詮自分の推測でしかねぇんだから、エゴといやあエゴだけどよ」 「寂しくないですか?弱ってる時に頼られないのって」 事も無げに言い放つと、悟浄は髪をかきあげた。 「それって、僕は自力で立ち上がれない奴だって聞こえますけど」 その言い方に、何か含みがあるように感じたのは気のせいだろうか。 「‥‥三蔵は、依存すると?」 そこで悟浄は「勝負!」とカードをさらした。つられて八戒も手の内を披露する。 「依存すんのは、俺の方」 はっとして、悟浄に目をやった。長い髪が俯いた顔を覆って、その表情を窺い知ることは出来ない。 「何か‥‥あったんですか、悟浄?」 明らかに自分の失言を悔いている様子に、八戒はため息をつく。 「オヤスミ」 ぱたん、とドアが閉じられた。
八戒には、何となくだが理解できた。何故、悟浄の気遣いがあんなに心地良かったのか。 では、彼の望みはどこにあるのだろう。いつ適えられるのだろう。 彼が見た夢というのは、恐らくは、子供の頃の夢。母親に虐待された時のものか、殺されかけた時のものか――いずれにせよ、彼が幼い時から植え付けられてきた自分の存在意義への疑問を思い起こさせるものであったに違いない。 だが、行けなかった。―――雨が降っていたから。 今一番一緒に居て欲しい人に、そうして欲しいと言えない悟浄が、悲しかった。
コンコン、とノックをする。予想通り、返事は無い。ドアにも内側から鍵が掛かっている。 コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン―――― ノックしつつも空いたほうの手でドアノブを廻す。果てしないノックの音とガチャガチャというドアノブの音が素晴らしく耳障りだ。他の宿泊客には申し訳ないが。
「やかましい!てめぇ、ぶっ殺すぞ!」 「意外ですか?来たのが僕で。誰だと思ったんです?」 雨の日に、悟浄の訪問を受ける事に慣れきっている三蔵の言葉に、八戒は怒りを覚える。今日は彼も余裕が無いのだということは分かっていても、つい、声を荒げてしまいそうになる。それを必死に抑え、努めて冷静な声を出した。 「お願いですから、悟浄のところに行ってあげて下さい、三蔵」 「あいつに、何かあったのか?」 何も答えない八戒に業を煮やし、三蔵はひとつ短い舌打ちをすると、そのまま八戒の横をすり抜けて、部屋を出て行った。 「‥‥本当に、仕方のない人たちですねぇ」 悟浄は自分のことを弱いと思っているらしいと、八戒は以前から感じていた。けれど決してそうではないことを、本人以外は知っている。 「貴方だって、結局は自力で立ち上がりますよ。それなら、三蔵に側に居てもらったって、別にいいでしょう?」 ――――それは、依存ではなく、きっと共存と呼べるものだから。
「眠れぬ夜の過ごし方」完 |
お約束、「雨」をテーマに書いてみました。
珍しく、三蔵様の出番が少ない一作。悟空に至ってはかけらも無いですが……(汗)