「初日」の続きのオマケ

悟浄の前に立ち、三蔵はずんずん宿への道を戻っていく。
走る事こそしないものの、その余裕の無い足取りに、悟浄はつい笑みを零す。
悪くない。こうやって、三蔵に求められている事を実感するのも悪くない。

去年とはまるで違う正月。

去年は確か三蔵は寺に缶詰で、悟空が退屈だからと悟浄たちの家に逃げてきて。八戒は暮れから掃除だ、正月料理だ、悟空の相手だ、と忙しくて。自分だけが、ただゴロゴロしていて。
考えまいと思う側から、寺で不機嫌に行事をこなしているだろう三蔵の顔が次から次へと思い浮かんできて。今年も踏ん切りがつけられないだろう自分にため息をついて。気を紛らわすために意味も無く酒を飲んだりして。

――――ホント、雲泥の差だよな‥‥‥

考えに捕われて、少し開いてしまった三蔵との差を縮めるために足を速めようとした矢先。見覚えのある角に差し掛かり、ふと、悟浄は足を止めた。
ここは、確か‥‥‥。

「おい」

苛付いた声で三蔵が悟浄を呼ぶ。
それでも構わず、悟浄はその角を曲がった。やはり、間違いない。

「てめぇ、何やって‥‥‥」

怒気を含んだ三蔵の声が、悟浄の後ろを追って来る。振り向きもせずに、悟浄は目の前の窓から身体を中に滑り込ませた。三蔵に焦れた声で名を呼ばれたが、無視して奥へと歩を進める。

背後から、三蔵のため息が聞こえた気がした。
 

悟浄が入り込んだのは、一軒の古びた家。坊主たちから逃げ回り、町中を走り回っていた時に見つけた二階建ての空き家だ。そこは、二人が先程開いていた窓からこっそり中に入りこみ、坊主たちをやり過ごした場所。

悟浄はその時、てっきりその場で三蔵が行為に及んでくると思った。内側から窓に鍵をかければ、曲がりなりにも此処は密室なのだから。奥の部屋なら、窓から覗かれる心配も無い。
だが、三蔵はすぐに悟浄を促してこの家を後にした。

――――ゆっくりデキる場所を探してたんじゃないのかよ

本当は、少し不満だった。
 

 

 

「服が汚れるの、嫌?」

三蔵が自分の後を追って中に入ってくるのを背中で確認した悟浄は、やはり振り向く事無く背後に向かって問いかけた。
家具一つ無いがらんとした部屋は、どこもかしこも埃だらけで、長い間使われてない事が伺える。服どころか、身体も埃まみれになるのは間違いない。

だが、今まで一度だって、三蔵はそんな事を理由にした事は無い。欲しくなれば、山の中だろうが台所だろうが―――どんな場所だって求めてくる。「少しは時と場所を選べ」と口では文句を言っていても、悟浄が内心それに喜びを感じている事など、きっと三蔵にはバレていると思う。

「―――いや」

案の定、三蔵からは予期した返答。そこでようやく、悟浄は後ろを振り向いた。

「じゃあナンで、ココじゃ駄目なワケ?」

不思議とその口調に責める響きは含まれなかった。
本当は、知っている。何で三蔵が此処を選ばなかったのか、なんて。
でも、自分からは言わない。三蔵から言わせてやりたい。

「いいじゃんよ、ココでも、別に―――」

聞かせて欲しい、お前の口から。
今の自分の行動が、三蔵への甘えだということに気付いて驚く。そして、それを許容している三蔵にも。本当に、一年前には考えられなかった事だ。
やはり変わったのだと思う。自分も、そして、目の前のこいつも。

「てめぇは‥‥‥普段は床でやるのは嫌だとか、ベッドじゃないと辛いとか抜かすクセに‥‥‥」

ほら、やっぱりな。

期待通りの答えに、悟浄は込み上げてくる笑いを抑えるのに必死だった。
非情ぶってはいても結局は優しいこの男が示す、不器用な気遣いがこんなにも嬉しい。
けれどせっかくの気遣いでも、今はそれを黙って受け入れてやるほど寛容な精神状態でもない。初日の出の件ですら、かなり無理をさせたと思っているのに。正月早々、三蔵様にこれ以上気遣われるなんてまっぴら御免だ。

「けどお前、たまには隣の部屋に遠慮せずにヤりてぇだろ?俺のあん時の声、思いっきり聞きたいと思わねぇ?」
「八戒や悟空がどこに居ようが居まいが、てめぇは声、殺すだろうが」

悟浄の言葉に、苦々しげに三蔵は答える。違うだろ、と悟浄は笑った。

「声が殺せる程度に、いつも加減してくれてんだろ?」
「‥‥‥」

気付かれていたのが悔しいのか、憮然とした面持ちで三蔵は小さく舌打つ。そんな三蔵を目を細めて見ていた悟浄が、視線は外さないままゆっくりと後ろに下がった。

「‥‥?」

訝しがるような三蔵の視線を受けても、悟浄は後退を止めない。
ほどなく、壁に背中が当たったところで、悟浄はジャケットを半分肩から落とし、ボトムのジッパーを見せ付けるようにゆっくりと引き下げた。
三蔵が僅かに息を呑む気配に満足する。
長い前髪をかき上げる途中で手を止め、上目遣いの視線を三蔵に投げつける。とびきりの挑発的な笑みを添えて。

「――――来いよ」

 

噛み付くように口付けたのは、どちらが先だったのか。
引き千切らんばかりに相手の衣服を剥ぐ手付きが性急なのは、どちらなのか。
 

 

それでも、乱暴なようで何処か優しく触れてくる三蔵の手が、悟浄をどうしようもなく堪らない気分にさせる。

「んな、丁寧にしなくていい、から」
「人がせっかく、年の初めくらい‥‥」
「分かってる」
「身体、後でつれぇぞ」
「いいからさ―――」

その口調が急いたものになり、初めて悟浄は自分も相当切羽詰っていたのだと知った。

「馬鹿が‥‥‥」
 

後はもう、まともな会話にならなくて。ただ獣のように、互いが己の飢えを満たすために躍起になった。
 

 

 

去年とはまるで違う正月。

旅に出たとか、妖怪たちとの闘いがどうとか―――そういう事ではなくて。腕を伸ばせば届く距離に、居て欲しい存在が居てくれる。

去年の年明けとは比べるべくも無い、新しい年の幕開け。
 

せめて、優しくしてやりたいと思った男と、
だから、好きにさせてやりたいと思った男。
 

どちらの想いが大きいかなんて、神様にだって分かりはしない。

 

二人は、生まれて初めて心から新年を祝った。
 

 

「初日オマケ話」完