ゲーム(10000HIT記念駄文)

 「雨、止みませんねぇ」

ジープでの移動中、突然振り出した雨は、その雨脚を弱める気配が無い。
辺りはそんなに暗くは無く、恐らく通り雨だろうとあたりを付け、取りあえず近くで見つけた岩場の影に逃げ込んだが、そこが、どうにも狭い。なんとも言えず、狭い。
男四人が肩を寄せ合って、心なしか息苦しく感じるようだ。

ただでさえ、雨の日には不機嫌なことが多い三蔵は、この不自由なスペースに、閉口していた。

「三蔵、煙草は止してくださいよ、こんな狭いのに」
「るせぇ。こんなところで足止めなんだ。煙草でも吸わなきゃやってられるか」
「あーあ。俺も、吸っちゃおーかなー。‥‥‥いいえ、何でもアリマセン」
八戒に睨まれて、悟浄が口をつぐむ。

「あー、暇だ暇だ暇だ!腹も減ってきた感じ〜!」
「黙ってろ、馬鹿猿!」
「何か、気分が晴れませんねぇ。ゲームでもやりますか」
「あー、やるやる!じっとしてると、息詰まりそうだもん、俺。んで、何やんの?」

悟空の無邪気な問いに、八戒はわが意を得たり、とばかりに頷く。
「そうですねぇ。『せんだみつおゲーム』なんてどうです?」
「この四人でかよ‥‥‥?」

悟浄の呆れたような声を無視し、八戒は首を傾げる悟空にルール説明を始めた。

「まず、スタートの人が『せんだ』と言って誰かを指す。指された人は『みつお』と言って誰かを指す。指された人の両隣にいる人が『ナハナハ』と言い、最後に指された人の右隣の人が次の『せんだ』を指す。スピードが勝負のゲームですから。0.5秒以上考えたり、間違えたりしたらアウトです―――わかりましたね?」

「うわ。さり気に変則入れてんな、お前」

「ちなみに、『ナハナハ』のポーズはこれです。やらなければ失敗とみなします」
八戒は、両手を顔の横で振って見せた。

「――くだらんな。俺は絶対やらん」
「いいんですか三蔵?参加しなければ無条件に罰ゲームです」
「ああ?何ボケたこと言ってやがる。誰がそんな‥‥」
「負けるのが、怖いんですか?」
「‥‥何だと?」
「怖いんですね?ああ、じゃあ構いませんよ、どうぞそこで見ていて下さい」
「貴様‥‥後で吠え面かくなよ」

あからさまな八戒の挑発に、止せばいいのについ乗ってしまったことを、三蔵は後に思いっきり後悔する羽目になるのだった。
 

「ところで、罰ゲームって何?」
悟浄が疑問を口にする。悟空は、未だルールを把握してないのか、頭を捻ったまま動かない。
よくぞ聞いてくれました、と八戒は怪しく光るモノクルを押し上げた。

「『隠している自分の秘密v』の公表です」

何故に断定なのか。三人の心に浮かんだ疑問は、八戒の不思議な迫力に押され、誰一人口に出せずじまいだった。

「では、僕からいかせて頂きます」
そうして、男四人の奇妙なゲームが、始まった。
 

 

 

 

 

だが、一度目の勝負は、すぐに終わった。

やはり、ルールを把握していない悟空が最初につまづいたのだ。

「さあ、悟空。秘密をどうぞ」
「‥‥そんなこと言われたって、俺、別に秘密無いんだけど‥‥」
困惑したような悟空の言葉に、八戒は大きく頷く。

「分かりました。じゃ、「自分の秘密」じゃなくても「誰かの秘密」でいいですよv」

何いっ!?悟浄と三蔵はその場で目をむいた。

「おい、八戒!それじゃあ、負けた奴の罰ゲームになってねぇじゃ‥‥‥」
僕が、ルールブックです

理不尽としか言いようの無い理屈を掲げ、ますます妙な威圧感をたたえる八戒に、う、と悟浄は言葉を詰まらせた。
悟空はちらちらと三蔵の方を窺っている。

「八戒‥‥」
「何です、三蔵?」
「てめぇ、謀りやがったな‥‥?」

最初から計算されていた事だったのだと、ようやく気付く。ゲームを始めたのも、悟空が負けるようなものを選んだのも。
悟空が秘密を持っていないと答える事は、容易に想像がつく。じゃあ、他の誰かの秘密を、と言われれば、最も付き合いの長い三蔵に矛先が向くのは目に見えている。

三蔵は自分の迂闊さを呪った。

「人聞きの悪い。ゲームですよ、純粋な」
八戒は、全く純粋とはかけ離れた笑顔で、笑った。
 

 

八戒と三蔵の、底知れぬ威圧感に挟まれ、悟空は身が縮む思いを味わっていたが、どうやら軍配は八戒に上がったようだ。意を決したように、悟空は言葉を発した。

「じ、じゃあ、言うよ。ごめん、三蔵!」

やはり、三蔵か。八戒は内心ほくそえんだ。そして悟浄はと言えば、自分の知らない三蔵の話を聞けるチャンスに、耳がダンボになっていたが、三蔵の不機嫌オーラに遮られ、表面上は無関心を装っていた。

「あのさ、前に、八戒たちと最初に会った時の事、なんだけど」

何を言い出すつもりかと、三蔵が悟空に静止の言葉をかけようとするのを、八戒が遮る。悟浄はその場の雰囲気から取り残され、全くの傍観者だった。―――幸運なことに。

そして悟空は、一気に言葉を紡いだ。

「三蔵、寺に帰ってきた時、部屋にあった赤いもの、全部片付けましたっ!終わり!」

 

「――えっ」

それって、それって、もしかして。悟浄は信じられないと言った表情で三蔵を見た。
バシッと三蔵のハリセンが、悟空を襲う。狭い場所では威力も半減し、さらに三蔵の機嫌は悪化した。

「何だよ〜、だからゴメンて言ったじゃんか〜」
「謝って済むか!!」
「へえ〜。三蔵も結局最初っから悟浄のこと意識してたんですね〜。ほぉお」
「煩せぇ!ただこの馬鹿がクソウザかっただけだ!別に意識なんざしてねぇ!」

「三蔵‥‥」

横を見れば、妙にキラキラとした目で自分を見つめてくる悟浄の姿があった。

「お前って、本当は俺に最初っから惚れてたんだな?」
「違うって言ってるだろーが!馬鹿河童!」
「照れない照れないv んもー三蔵様ったら、お茶目さんv」
「誰がお茶目さんだ!殺すぞ貴様!」

「さあさ、痴話喧嘩はそれくらいにして。続き、いきますよv」
「ちょっと待て。おい、悟空!」
「な、何?」
「お前はもっとルールを把握しろ!教えてやる、こうだ!『せんだ』『みつお』『ナハナハ』!おら、やってみろ!今度負けたら許さんからな!」

「ひえ〜」

世にも珍しい、三蔵のせんだみつおゲーム一人芝居‥‥。
 

辺りに響き渡る、三蔵の怒号と悟空の叫び声。

やがて再開されたゲームを支配する、恐ろしいまでの異様な緊迫感に、男たちは雨がとっくに上がっていることなどには気が付かないのだった。
 

 

「ゲーム」完