悟空君といっしょv

 

三蔵一行に険悪な空気が流れていた。

本日の宿は、残念ながら一人部屋が三部屋しか空いておらず。現在その部屋割りで揉めている最中なのだ。
当然、四人のうち二人は相部屋だ。それでも一人が床で寝るというだけなら、これほど鬼気迫った雰囲気にはなっていまい。だが、ひとつだけ重大な問題があった。

部屋が―――尋常でなく―――有体に言えば『異常に』狭い。

ベッドの三方は、殆ど壁に密着していると言っても過言ではない。足元に、僅かに人が立てるスペースがあるぐらいで、とても人が床に横になれる余地など存在しない。当然、相部屋になれば、シングルベッドに男二人が眠る事を余儀なくされると言うわけだ。

「では‥‥カードにします?」

目線で牽制し合う状況に疲れたのか、八戒が提案する。その目には隠しきれない自信が漲っている辺り嫌味である。

「あ、自分が勝つと思ってー!いっつもそれじゃ不公平じゃんか!」
「どうでもいいが俺は当然一人部屋だ。他は適当に割り振っとけ」
「あ、コラてめぇ一人で決めてんじゃねーぞ!って先行くなっ!まだ話は終わってねぇ!」

途端に騒がしくなる宿の廊下。
それからしばらく部屋割りを巡り、喧々囂々の論争が繰り広げられた結果。

やはりと言おうか、当然と言おうか。
四人の力関係を如実に現した部屋割りと相成った。
 

 

 

 

(狭ぇ‥‥‥)

堂々の一人部屋を勝ち取ったと言うのに、玄奘三蔵法師は超絶に不機嫌だった。
眠れば同じだと宿の親父は悪びれもせず笑っていたが、一度この部屋で寝てみろと言いたくなる。四方から迫る壁が圧迫感を感じさせ、とても寛ぐどころではない。
一人寝の自分でもそう感じるのだから、隣にいる哀れな二人組みはさぞ悲惨な目に合っているだろう―――。そう思うと、少しばかり鬱積した気分が晴れるような気がしたのだが。

がたん!

不意に響く、物音。隣の部屋からだ。壁にベッドが密着する形の造りでは、隣の音が筒抜けで鬱陶しい事この上ない。
やはりシングルに男二人は寝苦しいのだろう。少しでも楽に眠れる体勢を求めて動いているのか、ガタガタと耳障りな音と振動が途切れる事無く伝わってくる。

(煩せぇ!黙れ!テメェら殺す!)

反対側の部屋に居るはずの八戒も同じように腹を立てている筈だ。
あと10数えて八戒が動かなかったら隣に乗り込んで一発撃ち込む!と三蔵が不穏な考えを巡らせていると、隣の様子に変化がおきた。

 

『あ、何処行くんだよ悟浄』
『眠れっか、こんな状態で!』

どうやら悟浄は何処かへ出掛けようとしているらしく、悟空の咎めるような声が響いてくる。そういえば、この街には酒場の数も結構あったようだ。
この状況なら大目に見てやるか、と三蔵は珍しく仏心をだしかけた。が。

『じゃあ、俺も』
『ダーメ!お子様はさっさと寝な』
『何でだよ〜?この間同じ部屋になった時はこっそり連れてってくれたじゃん。「大人の世界を見せてやる」ってさ』

―――あの野郎。
三蔵は思わず壁を睨んだ。

(最近大人しくしてると思ったら、悟空を丸め込んでやがったのか。もう二度と悟空とは同室にさせん!)

音を立てないよう隣の部屋側の壁に身体を寄せると、三蔵は耳を欹て隣の会話に聞き入った。

『邪魔しなかっただろー、俺?悟浄は綺麗な女の人と奥で何かやってたから、俺一人でカウンターの中のオッサンに色んな話聞いててさ。結構、楽しかったよなぁ』

(‥‥何だと?)

本当なら今すぐ飛んでいってあの鬱陶しい赤頭に思う存分銃弾を撃ち込んでやりたいところだったが、近年稀にみる忍耐力を発揮し、三蔵は部屋に踏み止まった。無論、自分の前では決して語られる事の無い悟浄の素行を掴むためである。
三蔵は隣の会話の続きに全神経を集中させた。

『だからって、言われるままに高い酒飲まされてんじゃねーよ。払うのは俺なんだぞ』

(この前、「さんちゃぁん、お小遣いちょ〜だい。ね?サービスするからぁ〜」とか抜かして甘えて来たくせに‥‥そんな事に遣ってやがるとは、殺す!ヤり殺す!)

実はその時、悟浄が甘えてきたのをいい事に、自分は思い切りヤりたい放題だったという事実は棚に上げ、三蔵は悟浄へのお仕置きの数々を脳内に巡らせる。

『とにかく、今日は俺一人で行くからな』
『何だよケチ河童!んじゃあ、行かせねーっ!』

どたんばたん、と激しい物音。どうやらベッドの上で格闘が行われている模様だ。

(だから、貴様ら煩せぇんだよ!)

暴露大会も終了した様子だし、そろそろ銃弾の一つも撃ち込んで来るかと三蔵がベッドから降りようとしたタイミングを見計らうように、隣室から悟浄の短い叫び声が上がった。

 

――――それは、三蔵しか聞いた事のない筈の、悟浄の閨の声。

 

『こらこらこらっ、てめぇドサクサに紛れてドコ触ってんだよ!』

聞いただけで赤面しているのが手に取るように分かる、悟浄の焦った声が響いてくる。

『何だよ!ちょっと当たっただけだろー!あ?もしかして悟浄ってここ弱い?』
『ひゃっ!?だからよせって‥‥うわ、ヤメロっ!』
『うわあ、おんもしれーの!』
『こんのクソ猿‥‥この百戦錬磨の悟浄さんに無体を働くにゃあ百年早いっつーの!うら、必殺お礼返し!これでどうだっ!』
『ひゃあっ!タンマ悟浄!!悟浄ってば、くすぐってーよ!』
『思い知ったか!ま、お猿ちゃんには俺を満足させるなんてまだまだ無理っつー事よ』
『んなのやってみねーとわかんねーだろ!』
『あら?じゃやってみる?』
『よーし!えーっと。ココを‥‥こんな感じ?』
『痛ぇっ!違うだろ!もっと、優しくだな‥‥』
『じゃ、こう?』
『ちがーう!ったく、仕方ねぇな、俺が手本を見せてやるよ。‥‥いいか、ココはこうして‥‥』
『ぎゃははは!くすぐってーってば悟浄、変なとこ触んなよーっ!』

 

 

 

 轟音と共に、部屋の扉と壁の一部が吹き飛んだのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

妖怪の襲撃かと一瞬身を硬くした悟浄と悟空だったが、大きく開いた二つの穴からゆっくりと姿を現した人影はそれぞれ見慣れた人物で。八戒が気孔で壁をぶち抜き、三蔵がドアを蹴り破ったのだと理解した悟浄が文句を言おうと口を開きかけた、が。

とんでもなく、二人の背負ったオーラが、重い。いっそおどろおどろしいほどに、重い。

 

「随分と、楽しそうじゃねーか‥‥‥」

地を這うような三蔵の声音。

は、と気がつけば悟浄は悟空の上に馬乗りになっている体勢で。おまけに手はしっかりと、悟空のTシャツをたくし上げ、中に進入している。

「え?えーと?」

だらだらと、嫌な汗が流れ落ちた。

「悟空を相手にするほど足りてなかったとは、知らなかったな」
「いや、違うって!これは、」

「―――『これは』、何です?」

この時の八戒を思い出しただけでも怖くて眠れない、と悟浄が後に語る程の冷たい口調で、八戒が悟浄の言葉を遮った。部屋の温度が1〜2度下がったのは、悟浄の気のせいでは無い筈だ。

ふと、八戒の視線が横に流れ、三蔵の方向へと向けられた。それはほんの一瞬の事だったが、悟浄の背に冷たいものが流れる。何せ、『こういう場合』の三蔵と八戒は、信じられないほど明確な意思の疎通を目だけで行うのだ。

そして、『こういう場合』の悟浄の危惧は、往々にして現実となる。

 

「ねぇ、悟空。三蔵のお許しが出ましたから、僕と飲みに行きましょう」
「え!?ホント?いいの三蔵!?マジで!?」
「―――ああ、高い酒飲んでも許してやる。俺は河童と違って心が広いからな」

三蔵のこの台詞に、悟浄は今までの悟空との遣り取りが全て三蔵に筒抜けだった事を悟り蒼白となった。

 

やったー、と無邪気な歓声を上げ悟空が八戒と共に部屋を去った後、悟浄は「口は災いの元」という諺を、身に沁みるほど三蔵に体験させられたのであった。
 

 

「悟空君といっしょv」完