「さあ、じゃんじゃん飲んどくれ!ちゃんと客室も別々に用意しといたからね。遠慮なく潰れちまって構わないよ!」
この街に入ってすぐ、道の脇で具合悪そうに座り込む年寄りを助けてみれば、造り酒屋の隠居だった。結構な旧家らしく、大きな屋敷を構えている。お礼に、一晩泊まっていけと、ここの女主人に誘われた。
早くに亭主を無くしたというその女主人は、気立ての良い、快活な人物だった。一人で商売を切り盛りしてきた苦労を笑い飛ばす、そんなきっぷの良さに引かれて、その申し出を受ける事にしたのだ。
「私は明日の朝早いから、先に休ませてもらうよ。あんたたちは好きに飲んでおいき。酒だけは、腐るほどあるからね!」
そう言って、豪快に笑った女主人の言葉に甘えて、四人は好き好きに飲んでいる。
流石の悟浄も今日は外へは出かけないようだ。思いもよらぬ美味いタダ酒は、かなり魅力的な誘惑だったらしい。
「今日は、出かけないわけ?悟浄」
「ん〜。今日は俺、ここの酒全部飲んじゃうよ、っつー事で」
「おや、キレイなお姉さんより、お酒ですか」
「いるかどうかも分かんない美人より、目の前の美味い酒っしょ」
「とか言って、いっつもフラレるクセにー!」
「失礼な事言うなチビ猿!俺ほどのイイ男を捕まえて!」
「え〜?どこにいるんだ?イイ男って」
「こんの、クソ猿‥‥!」
「まあまあ。せっかくのおいしいお酒が台無しに‥‥」
またしても不毛な言い争いに発展しようとした二人に、とりあえずの制止の言葉を八戒が口にする。
そしてその時突然、それは始まった。
「俺は、お前の顔、イイと思うがな」
今まで黙って黙々と飲んでいた三蔵が、突然口を開いた。視線は、悟浄に向けられている。
発せられた三蔵の言葉に、その場にいた全員が凍りついた。
特に悟浄は、滅多に聞けない三蔵の自分への賛辞に、喜びと照れと、そしてある種の不気味さが入り混じった複雑な面持ちだ。
奇妙な緊迫感の漂う中、誰も言葉を発することなく、三蔵の次の言葉を待っている。
「普段は、まあ、見ての通りの間抜けヅラだが‥‥そうだな、イク時の顔は最高だな」
ガタン!!
悟浄は思わずテーブルに額を打ち付けた。
「さ、三蔵!お前、何言い出すんだ!?」
見れば、三蔵の目は焦点が定まっていない。さっきまでは普通の様子だったのに、一体いつ酔いが回ったのか。
「お前、もう酔ってんのかよ?仕方ねェな」
とにかく、これ以上こいつをここにおいて置くと、何を口走るか分からない。先程の一言は無理やり聞き流し、悟浄が三蔵を部屋へ連れ帰ろうと立ち上がり―――――。
「悟空!」
鋭い八戒の声と同時に、悟空が悟浄の背後からガッ!と羽交い絞めにして動きを封じる。
「てめぇ、このクソ猿!なにしやがんだ!」
「煩いですよ、悟浄。で?三蔵。その他は?」
「八戒、お前!おい三蔵、てめぇももうくだらねー事喋るんじゃねーぞ!」
どうやら、この数少ないチャンスにあれやこれや聞き出そうとしている八戒に、焦った悟浄は三蔵を牽制する。が、返ってきたのはただの酔っ払いの戯言だった。
「なぁにぃ〜?俺がせっかくお前のいい所を語ってやろーつってんのに、聞けねーってのかぁ〜?」
「本当ですよ、悟浄。さあさ、こんな人は放っておいて、僕に教えてください。悟浄の《イイ》ところv」
三蔵、頼むから目ぇ覚ませ!という悟浄の呼び掛けも空しく響くばかり。酔っ払い親父と化した三蔵に、届く言葉は無かった。
「こいつはな〜、耳の後ろも結構弱いんだ。特に左の耳は、いい反応するぞ〜」
「こ、こ、このエロ坊主‥‥!いい加減にし‥‥うわっ!」
ふーっ、と息を耳に吹きかけられ、悟浄はびくりと体を震わせた。
「あ、ホントだ」
「成る程、悟浄は耳弱し。注、特に左耳‥‥と」
「てめぇ、調子こいてんじゃねーぞ、猿!こら八戒、てめぇも何メモってやがんだ!」
「やっぱり煩いですね。悟空、お願いします」
「ふが!」
いきなり背後から悟空の手で口を塞がれる。
(こいつら、お互いの気持ちも良く通じてないくせに、何でこーゆー時に限って妙に息がぴったりなんだ?)
哀れ、悟浄の内心の疑問は誰にも届くことなく、八戒はメモを片手に三蔵を追及する手を緩める気配は無い。
「それで?好きな体位とかあります?」
「特には無ぇみてぇだな。ただ‥‥」
「ただ?」
ずいっと八戒が身を乗り出す。悟空もしっかり聞き耳を立てていた。
そして、悟浄はといえば、「うーうー」と唸り声を上げながら、何とか悟空の束縛から逃れようと全く無駄な努力の真っ最中だ。
「顔を見られるのを嫌がんだよ。だから取りあえずバックでワケわかんなくしておいてだな〜、後はこっちの好き放題、ってパターンが多い、な」
ひぃぃぃぃ。悟浄の心の叫びも空しく、三蔵の語りは結局夜中までとどまる事を知らなかったのだった。
そして、翌日。
何だか頭がガンガンする。夕べは確か4人で飲んでいて‥‥途中から、記憶があやふやだ。
悟浄が喚いていて、自分は妙に気分が良かった、そんな気がする。
三蔵は、痛む頭を押さえつつ、階下に下りていった。
食事はここで、と指示されていた部屋に入る。八戒と悟空がテーブルについていた。
「あ、おはようございます、三蔵」
「おはよー、さんぞー」
もう一人の姿は無い。
「‥‥お前、早くないか?」
「まーね」
悟空が自分より早く起きているとは。今日は大雨になるのか、と三蔵は本気で心配した。まさか、悟空が夕べの自分の話に興奮して、一睡も出来なかったなどとは夢にも思わない三蔵であった。
「いやあ、夕べは素晴らしい夜でしたね、三蔵v」
「あ?」
「知りませんでしたよ、悟浄が左耳が弱いだなんて」
「‥‥!」
「あー俺も、悟浄が顔見られんの嫌がるなんて、結構可愛いところあるじゃんって思った」
「‥‥!!」
「でも、やっぱあれですね。何が可愛いって、イキそうになるとき名前を呼んで先を強請るところなんか、堪りません!て感じですよねぇ」
「‥‥!!!」
派手な音を立てて、三蔵は部屋を飛び出していった。台所から、女主人が顔を出す。
「あれ?今お坊さん降りてきてなかったかい?朝食できたんだけど、呼んでこようか?」
「いいんです、あの人たちは、今朝は朝食いりませんから」
「ええ?でもたくさん作っちまったよ」
「大丈夫だって!俺、残さず食うから!ぜ〜んぶ持ってきて!」
例え前の日眠っていなかったとしても、悟空の食欲には全く関係なしである。
「けど、いいのかい?朝はちゃんと食っとかないと」
「気にしないで下さい。多分、二人ともそれどころじゃないでしょうからv」
きょとんとした女主人を前に、八戒と悟空は意味深な笑みを交わすのだった。
そして、その頃。ダイニングを飛び出した三蔵は悟浄の部屋のドアをブチ破っていた。
「起きろ!このクソ河童ぁ!!」
まだベッドの上で惰眠を貪る悟浄の布団を引っぺがし、ベッドから蹴り落とす。
「うわ!何しやがんだ、てめ‥‥」
顔を上げようとした悟浄の耳に届くチャキ、という聞きなれた音と額に当たる冷たい金属の感触。
「答えろ‥‥!何故八戒と悟空がお前のベッドでの癖やいいトコを知ってるんだ?お前まさか、あいつらとヤったんじゃねーだろーな!もし、そうなら‥‥」
ただじゃおかねぇ。そう言いかけて、三蔵は悟浄の様子がおかしいのに気が付いた。
顔を伏せ、髪に隠れているせいで表情が確認できないが、小刻みに肩が震えている。
「おい?悟‥‥」
言い過ぎたか?
一瞬、泣いているのかと思い、悟浄の肩に手をかけた。
「‥‥触んな」
「ああ?」
「このクソエロ坊主!これから当分!!!俺に触るんじゃねェーーーーーー!!!!!!」
その後、三蔵はかなりの日数に渡り、禁酒・禁悟浄を強いられたとか。
「爆裂!」完
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